見捨てられたはずなのに、赤ちゃんごとエリート御曹司に娶られました
「あのっ」
勇気を振り絞って発した声は頼りないほどか細かったが、彼の耳に届いてくれたようで、ゆるりと疲れの滲んだ眼差しが私へと向けられる。
「……あっ、カフェの店員さん。こんばんは」
最初は不思議そうにこちらを見つめ返していた彼だったが、私が誰かわかった瞬間、口元に笑みをたたえた。
不快な顔をされてしまうかもと怖かったため、微笑んでくれたことにホッと息をつく。
「バイトの帰りですか?」
「はい。……あの、この前は、本当にすみませんでした」
深く頭を下げると、「え?」と驚きの声が響き、そして「あぁ」と思い出したような短い呟きが挟まり、「やめてください」と温かな手が私の肩にわずかに触れた。
ゆっくり顔をあげると、苦笑いしている彼と目があった。私は気になっていたことを問いかける。
「……コーヒーの染み、落ちましたか?」
「はい。ちゃんと落ちましたから、もう気にしないでください」
「でもやっぱり、そうはいかないです。とても素敵なスーツだったし、せめてクリーニング代だけでも」
「いえ」と拒否するように横に振られた彼の手を、私は勢いに任せて掴み取った。