見捨てられたはずなのに、赤ちゃんごとエリート御曹司に娶られました

「座ってくれ」と父は和哉さんに言葉をかけ、自分もダイニングテーブルの定位置となっている椅子に腰掛けた。

しかし、和哉さんは座ろうとしなかった。立ったまま話すつもりのようで、私の隣を離れない。

父も彼の気持ちをくみ取ったらしく、まるで独り言のようにぼそぼそと喋り出す。


「結衣が実家に戻ってきてから三年。ずっと結衣を放っておいたあなたが、こうしてまた娘の前にやって来た理由を聞きたい」

「聞いて、お父さん。実は三年前、……私が家に戻る少し前、和哉さんは事故に遭って記憶をなくしてしまっていたの。私はそれを知らなくて、音信不通になってしまったのは彼に愛想を尽かされたからだとばかり。それで……あの……」


和哉さんは不誠実な人ではない。それを分かってもらいたくて必死に訴えかけるけど、上手く説明できずもどかしさが募る。

背中に、そっと和哉さんが触れた。思わず彼を見上げると優しい眼差しと繋がり、ありがとうと言われたような気持ちになる。

彼の手の温もりが私の中でじわりと広がって、私はゆっくりと体から無駄な力を抜いた。

微笑み返すと彼も小さく笑って、そして、お父さんへと視線を戻した。

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