政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~
先生の「ちょっと出口切りますね」という言葉とパツンというハサミの音が聞こえた気がしたが、麻痺をしているのか痛みはなく、最後に力を振り絞った。
夏樹の手に食い込むほど爪を立てて踏ん張ると、オギャア、オギャア、という初めての声が聞こえた。
「財前さん、産まれましたよ! 女の子!」
「桃香! 産まれたぞ!」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
取り上げられた赤ちゃんは離れたベッドに連れていかれ、小児科の先生の背に隠れ、次々に処置をされる。そしてそのまま、ベッドごと外へ連れ出されてしまった。
私はいろいろありすぎて、なにも考えられなかった。赤ちゃんを抱きたかったけど、そんな気力も残ってない。指先一本まで力が入らず、役目を終えた下半身は子鹿のように震えが止まらない。
「だ、大丈夫か、桃香……」
大丈夫じゃない。
痛いとか疲れたとかを通り越して、なんだかもう、帰りたい。
すべての恥を捨てた体勢で傷を縫われながら、私は頭の中で何度もこう唱えた。
──「夏樹のバカ」。