政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~

いったん静かになった室内で、スマホの画面を点ける。
十一時半。もうすぐ夏樹は昼休みの時間だ。

今日は接待があるため仕事終わりには来れないらしく、昼休みに病院に寄って着替えを届けてくれると、朝、メッセージが来ていた。

手鏡で、ほんの少しだけ前髪を整え、妙な緊張感に包まれながらただじっと待つ。

すると、分厚い引き戸を、コンコンと軽く音がする。

「は、はい」

夏樹のノックにしては弱い。看護師さんはノックの後にすぐ声をかけてくれるのだが、今回はしばらく沈黙が走る。

「あの、どうぞ……?」

夏樹ではない、と感じ、おそるおそる細い声で促した。
すると、ゆっくりと引き戸がスライドし、艶のある肩までの黒髪をバレッタで留めた、目力の強い綺麗な女性が立っていた。

年は私と夏樹のやや上、二十代後半から三十代前半くらいだろうか。

その女性は私と距離を保ったまま、揃った前髪が綺麗に落ちるくらいに頭を下げる。

「失礼します。私、財前課長に頼まれて参りました、補佐の飯田と申します」

──えっ。

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