政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~
私は音を立てずに踵を返した。来たときよりもずっと体は軽く、まるでフラフラと足元が浮いているように感覚がない。
視界は潤み、部屋の前でナースステーションに背を向けたとたん、ポタリとサンダルの間から覗く素足の上に落ちる。
扉を閉めきると、やっと重力が襲ってきた。
「うっ……う、ううっ……」
嘘みたいに体が震えて、絶望で目の奥がズキズキと痛む。
なにも知らなかった。夏樹はすでに、飯田さんと関係を持っていたのだ。
そんなことをするはずないとどこかで信じていたのに、私が思っている以上に、夏樹は変わってしまっていたらしい。
もう、これ以上は無理だ。なにも知らないふりをするのも、母親に徹するのも、彼への想いを持ち続けて生活するのも。こんな状況を見てみぬふりをしながら、赤ちゃんにとっていい母親にはなれるわけがない。
夏樹とは、もう一緒にいられない。