政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~
涙が出る寸前でノックの音が響き、すぐに「入るぞ、桃香」という声がした。
夏樹は、ラフな白のTシャツにスポーツブランドの黒いスラックスを履いた休日のスタイルで現れ、「よう」と明るく手のひらを見せる。
「……夏樹」
「顔色悪いな。大丈夫か?」
夏樹は手早くボストンバッグの中の着替えを収納に移し、洗濯物と交換する。そのままその手で、私の前髪を分けた。
「クマもできてる」
まっすぐ目を合わされた瞬間、冷静に切り出そうとしていた感情はかんしゃく玉のように弾けた。
「……ごめん。夏樹」
「え? なにが?」
「私、もう、夏樹の奥さん、できそうにない……」
疑問を浮かべた表情のまま、夏樹の時が止まる。緊張感に包まれ、こちらもお腹が痛む。
私は彼が言葉の意味を飲み込むのを待ち、やっと「は……?」と怪訝な顔に変わったことを確認してから、「本当にごめんなさい。別れてほしいの」と付け加えた。