5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
 フレディさんの家は、町の栄えたところからは少し離れたところにひっそりと建っていた。こじんまりとしているが、ふたりで暮らすにはじゅうぶんな広さだ。
 一階には居間と、奥には寝室らしきものがある。思ったより部屋は散らかっていて、あちこちに衣服や物が散乱していた。……うん。片付けが苦手な独身男性の部屋って感じ。タイミングを見て、綺麗に片付けようとひそかに思った。

 梯子を登った先にある屋根裏部屋はまったく使っていなかったようで、フレディさんはここを私の部屋にしてくれると言ってくれた。
「こんな場所しかなくて申し訳ないけど」と彼は言ったが、秘密基地みたいな空間に私のテンションは勝手に上がっていた。
 フレディさんは背が高いので、屋根裏部屋で暮らすとなると窮屈かもしれないが、子供の私には最適な広さだ。
 小窓からは町や空を眺められるし、私はこの部屋をすぐに気に入った。

 屋根裏部屋に布団を運んだりする作業を終えると、フレディさんがお茶をを淹れてくれた。
 居間で一緒にほっと一息つきながら、私は気になっていたことをフレディさんに話す。
「あの、フレディさん。魔法のことで聞きたいことがあって……」
「魔法のこと?」
「はい。私が使える聖女の能力――つまり、治癒魔法のことです。これって、これからも今日みたいにちゃんと発動することができるのかなって。私、多分まだ自分の魔力をコントロールできない気がして」
 今日は結果的にフレディさんを助けられたけど、またうまくできるだろうか。そんな不安を私はずっと抱えていた。
「昨日、グレッグさんの小さな傷を無意識に治せたのに、今日は治せなかった。それで見捨てられちゃって……。フレディさんの頬の傷も、最初はずっと治せなかったし……」
 カップの中でゆらゆら波打つお茶を見つめながら、私は俯いた。
「……魔法が発動しなかったときは、メイの中に迷いがあったんじゃないかな」
「迷い?」
 顔を上げると、フレディさんの真剣な横顔が目に入った。
「俺は魔力が高くないから、あんまり魔法のアドバイスはできないけど、魔法を発動する時に大事なのはイメージ力って言われてるんだ。発動しなかった時は、メイの中でグレッグを助けるってイメージが湧いてなかったんじゃないのか? 迷いっていうのは、自分にとって大きな影響を与えてしまうものだ。少しでも迷いがあれば、本来の力を発揮するのは不可能だろう」
 たしかに、あの時グレッグさんの傷を治したいとは思っていなかった。
「俺のことを最初治せなかった時も、自信を喪失していたせいで、治したいって気持ちより不安が勝っていた可能性がある。治したいと思っても、治すイメージがちっとも浮かんでなかったのかもな」
「……そうかもしれないです。あの時、自分はもう二度と治癒魔法を発動できないって思いました」
「でも、最終的にメイはものすごい力を発揮して俺を治してくれた。そんな状態からあそこまで自分を持ち直したのは、本当にすごいことだと思うよ」
 フレディさんに褒められ、むず痒い気持ちになる。
「なにか気持ちに大きな変化でもあったのか?」
 そう問われれば、答えはひとつしかなかった。
「フレディさんを私の力でどうしても助けたいって、心の底から、それだけを強く思いました。そしたら、魔法が使えました」
 無我夢中。この言葉が、あの時の状況にぴったりだったように思う。
 不安とか、迷いとかは一切なかった。ただ、目の前の人を助けたい。それだけだった。……だから、本来の力を発揮できたのか。
「……俺も同じ」
「……フレディさんも?」
「君を守りたいって心から思ったら、迷いなく剣を振れたんだ」
 フレディさんの真っ直ぐな眼差しが、私の瞳に向けられた。
 そっか。私たち、同じ気持ちだったのか……。
 話の流れで、私は思い切ってフレディさんにもうひとつ質問をしてみることにした。
「フレディさんって、なんで周りから弱い者扱いされてるんですか? 実際はあんなに強いのに、どうしてFランクなんだろうって……」
 わざと弱いふりをしていたようにも見えないし、なにか原因があったのだろうか。
「それは――俺にも迷いがあったから。この二年間ずっと」
「二年間も?」
 フレディさんは頷いて、自分の過去について話し始めた。
「といっても、そんな重い話じゃない。祖国の冒険者ギルドにいた時に、強大な魔物退治に行ったんだ。その際、俺は一度死にかけてね。……それ以来、あの恐怖が頭にこびりつくようになって。小さなモンスターすら、その魔物に見えてしまうようになった」
「そんなことが……」
 よほどの恐怖だったのだろう。それが、トラウマになってしまっていたのか。
「まともに戦えなくなった俺はギルドに居辛くなり、イチからやり直すつもりでここへ来たんだ。もう無理かと思ってたけど、メイのお陰でやり直せそうな気がしてきた」
 今日キングウルフを倒したことは、フレディさんにとって大きな自信になったみたい。トラウマを克服できたようで、私も一安心する。
「メイも自分の魔力を信じていれば、この先も大丈夫だよ。一緒にがんばろう」
「はい!」
 私たちは笑い合い、どちらかともなくハイタッチを交わした。
 ――この日から、私とフレディさんの共同生活がスタートした。
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