5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
◇マレユスside

「マレユスさん! 今日はご指導、よろしくお願いします!」
 ……どうしてこうなったのか。
 目の前で太陽のように眩しく笑う、どこのどいつかもわからない謎の子供。名前はメイというらしい。
 突如僕の前に姿を現し、僕に〝魔法を教えてほしい〟と頼んできた。
 どうして僕の名前を知っているのか? きっとギルドの誰かに聞いたのだろう。
 どうしてほかにも魔導士はたくさんいるのに、僕に指導を頼むのか? ……最近ギルドに顔も出さず、依頼も受けていない僕に。若干気になるところではあったが、聞き出すほどの興味は今の僕にはなかった。
子供の考えてることなんてわからない。いや、他人の考えてることなんて、一生理解できない。だから僕の考えも、理解してほしいとは思わない。他人の行動の理由を知ろうとしたところで、それが本当かどうかなんて知る由もないのだから。
「マレユスさん? どうかしましたか?」
「えっ? いや、なんでもないです。時間の無駄だから、さっさと行きましょう」
「はいっ!」
 いけない。ひとりでぼーっとしてしまっていた。
 僕はメイを連れて、町から南方向にある森へ向かった。この町は森に囲まれている。大きくまとめるとひとつの森なのだが、入る場所で危険度はまったくちがう。
 東側から入れば、あっちはモンスターとの遭遇率が高いし、薬草をたくさん採りたいのなら西側から。目的によって入る方角を変えるのは、冒険者をやる上で基本だ。
 そして魔法の練習をするとなれば、南側の森が最適だ。あそこは木がたくさん生えているところもあれば、なにもない更地もある。湖もいくつかあるし、モンスターもほとんど出ない。出ても弱いものばかりだ。僕も昔はよく、そこで魔法の練習をしていた。
「楽しみだなぁ。いろんな魔法を使うの」
 僕の一歩後ろを歩くメイの、うきうきとした声が聞こえた。
 ――ふん。そんなのんきなことを言っていられるのも今だけだ。もう二度と、僕に魔法を教えろなんて言えないようにしてあげます。
 心の中で、僕はメイにそう返事をする。そもそも僕は今日、メイに真剣に魔法を教える気などさらさらない。あまりにも毎日毎日しつこいので、あきらめさせるために一度引き受けただけに過ぎないのだ。
子供が到底できないような高難易度の魔法ばかり繰り出したら、すぐに根を上げることだろう。その瞬間、僕は指導をやめてさっさと帰るという計画だ。
『僕は子供だからって容赦はしない。ついて来られなかったらその時点でやめますから』と事前に忠告はしておいたし。それを承諾したのはこの子供なんだから、僕に比はひとつもない。
 なにも知らずにへらへらと笑い続けているメイをちらりと見ると、向こうも僕を見ていたようで目が合ってしまった。にっこりと天使のような笑みをこちらに向けてくる。
ふつうの大人なら、子供にこんな笑顔を見せられようものなら顔の表情筋がだらしなくゆるむだろうが、僕にはなんの効果もない。顔色ひとつ変えずに、僕はメイから顔を逸らした。……大体、僕は人と関わるのが嫌いなんだ。子供だろうが、大人だろうが嫌だ。
 ――それにしても、本当にこんなふわふわした感じの子供が魔法を使えるのか?
 僕の中に、そんな疑念が浮かぶが、さっきギルドに寄ってメイのステータスは一応確認しておいた。たしかにこの子供の役職は聖女だったし、聖女としての成績はかなりよかった。回復系の魔法に関しては、数値だけで見ると僕よりもかなり上といっていいだろう。魔導士は回復魔法には特化していないので、聖女より劣って当たり前なのだけれど。
それだけの恵まれた力を持っていながら、ほかの魔法も習得したいなんて、見かけによらず強欲な子供だな……。まぁ、魔法はそんなに甘いものではないが。
そんなことを考えていると、森に到着した。
「それじゃあ、さっそく始めましょう」
「はい! マレユス師匠!」
 ……〝師匠〟なんて呼ばれたのは初めてだ。思ったより悪い気はしない。
「それで、どんな魔法を使いたいのですか?」
「えーっと……攻撃力のある魔法を使いたいんです。モンスターとの戦闘に役立つような。今はサポート系の魔法しか使えないから。私も自分でモンスターをやっつけたくて」
 自分でやっつけたいなんてめずらしい子供だ。普通は怖くて、戦いは避けたいというやつがほとんどだっていうのに。
「サポート系が使えるだけでじゅうぶんだと思いますけど。後方にいられるぶん安全ですし」
「でも直接倒せたほうがランクも上がりやすいし、受けられる依頼の幅も広がるし……報酬も多くもらえるじゃないですか」
「あ……そ、そうですか」
 突然はきはきと話し出すメイに、僕が押し負かされた感じになってしまった。
 ランクも報酬も現状に満足していないということか。……やっぱり見かけによらず強欲だ。それになんだろう。七歳とは思えないこの話し方。むずかしい言葉も知っているし、同年代と会話をしているような不思議な気分になる。
「火や水をぶわぁーって出したり、いかずちを落としたり、竜巻起こしたりしたいです!」
「どんな魔法が使いたいのかはよくわかりました。僕は全部できますので見せてあげます。ま、あなたにできるかはあなた次第ですけどね」
「全部!? マレユス師匠、さすがです!」
 当たり前だ。僕がどれだけ魔法の練習をしたと思ってるんだ。
 僕には魔法のセンスしかなかった。だから魔法を極めた。自分から興味を持ったものも、魔法しかなかったし。
 メイは簡単にやりたいなんて言っているけど、火や水を出すのはともかく、いかずちや竜巻なんてのは雷魔法と風魔法のなかでも難易度の高い魔法だ。メイにできるわけがない。できなかったところで即、このくだらない時間は終了だ。
「あ、でもいちばんやりたい魔法があるんです」
「……なんですか?」
「土魔法で土人形を作る魔法です。私、この前マレユスさんが作った土人形を見て、大好きになっちゃったんです。だから私もやってみたいのと、またマレユスさんの土人形に会いたいです」
 意外だ。もっと派手な魔法をしたがると思いきや、土魔法だなんて。
 それに僕の土人形を好きになったって……そういえば、公園で一度メイに似た子供を見かけたな。あの時だろうか。あんなマヌケな顔をした土人形を気に入るとは、趣味の変わった子供だ。
「じゃあそれは、僕の魔法に最後までついてこられたらご褒美に教えてあげましょう」
「わあ! だったら絶対ついていかないとですねっ」
 ふんっと鼻息を飛ばして気合いを入れるメイの横で、僕はにやりとほくそ笑む。
 ――ついてこられるなら、ついてきてみろ。
「それじゃあまず、火の魔法からやってみましょうか」
「はい! 師匠!」
 こうして、僕のメイへのスパルタ魔法指導がスタートした。
 一時間持てばいいほうだろう――そう思っていたのに。
「こうですか? あっ! 出ました!」
 ゴオォォォォと凄まじい業火が、メイの手から放たれる。火に弱いモンスターなら一撃で倒せるほどの威力だ。
「じゃあ次は水魔法を。まずは僕が一度やって――」
「ふむふむ。それなら火じゃなくて水をイメージして……それっ!」
 僕がやるより先に、メイが巨大な鉄砲水を放ち、直線上にあった木のど真ん中に風穴が空いた。
「できました! マレユス師匠!」
「や……やりますね」
 ……なんだこの子供は。どうしてこんな簡単に高難易度の魔法が使えるんだ! もともとのセンスが半端じゃないのか!?
 内心かなり動揺していたが、悟られないようあくまでクールな態度を貫いた。
「火や水は生活魔法でよく使うから、イメージしやすかったなぁ」
 小さな手を見つめながら、メイが呟いた。
 なるほど。そういうことか。火と水は普段から頻繁に使っているからできたと。だったら、次からが本番だ。
「雷と風、いってみましょうか」
 今度こそ、魔法はそんな簡単なものじゃないってことをわからせてやる……!
「じゃ、僕が今からやる魔法と同じことをしてもらえますか?」
 そう言って、僕は更地に移動し雷魔法を発動した。すると、少し離れたところに大きな雷が落ちた。
「す、すごい……」
「これをモンスターの頭上にお見舞いすれば、かなりのダメージを負わせることができます」
 口をあんぐり開けているメイに、得意げに言ってみせた。
「次はあなたの番ですよ」
「はい。でも、私雷魔法はやったことなくて……できるかなぁ? もっと簡単な魔法ないですか?」
「ないです」
 嘘だ。小さな電気の球を出すとか、簡単な魔法はたくさんある。でも、それだと難なくこなしてしまうのが目に見えている。
「うぅっ……。じゃあ、がんばってやってみます」
「ファイトですよー」
 まったく心のこもってない声援を送ってメイを見守る。さすがにこれはできないだろう。はぁ。やっとこの師弟ごっこから解放される。
 すると、目の前がピカッと光った。その後すぐ、落雷音が響き渡った。ありえない光景に、今度は僕が口をあんぐりと開けてしまう。
「できました! 師匠の応援のおかげです!」
「……す、すごいですね。さすがは僕の弟子です」
 これはまずい。どんどん笑えない状況になってきた。しかし、まだ風魔法が残っている。竜巻を起こさせるのは、今日やる魔法の中でもいちばん難しい上級攻撃魔法。この僕でも、習得するのにかなりの時間を費やした。さすがに七歳の、しかも魔法の知識がない人間にできるような魔法じゃあ――。
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