5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
「きゃー! 師匠ほど大きくないけど、竜巻起こせました!」
 ない、はずだったのに。
「次はもっと大きな竜巻を起こせるよう、努力します!」
「……そうですね。まだ努力が足りていない証拠です」
「精進します!」
 いやいやいや。強がってなにを言ってるんだ僕は。
 努力が足りていないどころか、才能が足り過ぎているだろう! 小さくたって、初心者が風魔法で竜巻を起こせてること自体がすごすぎる。
 いったい何者なんだこの子供は。僕に弟子入りを申し込む時点で普通じゃないとは思っていたけど、魔力に関しても普通じゃなさすぎる。
 たくさんの魔法を発動していながら、息切れひとつせずピンピンしているし……こんな小さな体のどこにその体力と魔力があるっていうんだ。
 この時僕の中に、新たな感情が芽生えてきた。
 さっさと切り上げたいと思っていたのとは裏腹に、もっとメイの才能を深く知りたいという〝興味〟が湧いてきたのだ。
 これだけのセンスがあるならば、極めればかなりレベルの高い魔導士になることは間違いないだろう。国――いや、世界最強だって狙えるかもしれない。
 加えて、メイは聖女の能力も持ち合わせている。回復魔法まで使えるとなれば、誰がこの子供に勝てるというのか。
 もしかしたら僕は、とんでもない人を弟子にしたのかもしれない。
「マレユスさん、少し休憩しませんか? 私、汗かいちゃいました!」
「ああ……そうですね。ちょっと休みますか」
 メイに言われ、自分もうっすらと額に汗をかいていることに気づいた。汗をかいたのなんて久しぶりだ。それだけ僕も、本気だったってことか……。
 木陰で涼みながら、メイと横並びで座り水を飲む。空を見上げると、清々しいくらいに青くて、ゆっくりと動く白い雲がなんだか気持ちよさそうに見えた。
 そういえば、こんな時間に外に出たのは久しぶりだ。もちろん、誰かと過ごす時間も……。
「マレユスさんは、もともとこの町にいたんですか?」
「え……。いや、生まれはフェルリカですが、この町にはギルドに入る時に来ただけです」
「そうなんですね! 私、まだここへ来て長くないので……。友達も少ないし、遊ぶ人がいないんです。もしマレユスさんのおすすめの場所とかあったら、一緒に連れてってください」
 僕と一緒にどこかへ行って、なにが楽しいんだろう。同年代の友達を作って遊ぶほうが、有意義な時間を過ごせると思うのだけれど。
「あなたの出身はどこなのですか?」
 これだけ魔法が使えるってことは、魔法のレベルが高い国の生まれなのかと思い聞いてみた。
「私? 私は……わからないです。目が覚めたらここにいたので」
「……目が覚めたらっていうのは?」
「そのまんまです。目覚めたら森の中にいて、覚えてるのは自分の名前だけでした。だから、この国どころか、この世界のこともわからないことばかりなんです」
 意味不明なことを言うなと思ったが、なぜか嘘だとは思えなかった。つまり――捨て子ということだろうか。世の中にはいろんな事情を抱えた人間がいる。捨て子というのも、特別めずらしいことでもない。
「じゃあ、両親のことも覚えていないと?」
「はい。わからないです」
 あっけらかんと答えるメイに、僕は驚いた。こんなに幼いのだから、もっと寂しがるのかと思ったのだ。
「……そうですか。僕と同じですね」
「へっ?」
「はい。休憩は終わり。土人形が見たいのでしょう? さっさとしないと日が暮れますよ」
「きゃーっ! 待ってました!」
 土人形というワードを聞いただけで、メイは大はしゃぎして立ち上がった。なんだかしんみりとしていた空気も、メイの明るさで一変する。
 僕はその場にいるだけで、場を暗くしてしまう自覚がある。メイは逆だ。いるだけで、場を明るくする人間。……真逆だからこそ、居心地がよく感じるのだろうか。僕にしてはかなり珍しく、他人といることが苦痛じゃなくなっていた。
「土人形も頭のイメージです。地面に手をかざし、そこから土を操り生み出す――こんな感じですかね。最初からこれができなければ、手で土人形を作ってから魔法で動かすという手もありますよ」
 土人形というのは、土魔法のなかではメジャーな魔法だろう。
土人形を魔力で操り、自分の意思で動かすことができる。人に攻撃を加えない、物を破壊しないなどの条件をつけると、魔力のコントロール次第では勝手に動く土人形を作ることも可能だ。メイが会った僕の土人形はそれだろう。基本、踊ったり歩いたりするだけの自在に動く人形だ。
「うわぁ……! これ! これです! このはにわのような感じ……すっごくかわいい~!」
 僕の土人形を見て、メイは今にも抱き着きそうな勢いだ。正直、自分の土人形をかわいいと思ったことはないが、メイにはこれがどうしようもなくかわいく見えるらしい。魔法のセンスは抜群だが、ほかのセンスはちょっとズレているようだ。
「私、この土人形を生み出した魔導士に絶対魔法を教わるって決めたんです。それがマレユスさんだったんです。えへへ」
「……へぇ。そうですか」
 メイは人差し指で頬を掻きながら照れ笑いしているが……僕を師匠にした決め手がこの土人形? どういう反応が正解なのかわからない。理由なんて興味はなかったけれど、まさか土人形だったなんて。ズレているのはセンスだけではないんだなと思った。
「私もやってみます!」
 メイは今日一番の笑顔を見せて、地面に手をかざした。
 あれだけむずかしい魔法をこなせたのだから、土人形を生み出すなど容易いことだろう。
 メイの魔法によってこれから姿を現す土人形はどんなものかと思いながら、メイの様子を見守っていると、突然地面が揺れる感覚がした。
「ちょ、ちょっと! なにをしているんですか!」
「マレユスさん! なんだか、とんでとないものが出てきちゃいそうで――きゃっ!」
 地面から現れた巨大な土人形が、慌てふためくメイを吹き飛ばした。
「これは……」
 目の前でものすごい存在感を放つ巨大土人形を見て、僕は息を呑む。
 ――魔力を制御できなかったんだな。そのせいで土人形がどんどん大きくなってしまったんだ。
 思い返せば、これまでの魔法も全部そうだ。威力が凄まじかったので、ただすごいとしか思っていなかったが、どれも力が強すぎるものばかり。
 メイは魔力のコントロールがまだちゃんとできないということに、僕は今さら気づいた。魔力のコントロールは、魔法を使う上でなにより大切なことだというのに。
「……ど、どうしよう。マレユスさん」
「メイ、この土人形のコントロールはできますか?」
「やろうとしてるんですができません。さっきから勝手に動いちゃってます……!」
 青ざめるメイの視線を辿り巨大土人形を見ると、土人形はその巨体をこちらにぶつけようとしていた。こんな巨大に攻撃されたら、下手したら大怪我を負うだろう。
 ……くそ。土人形が暴走しだしたか。
 造主がうまく土人形をコントロールできなければ、土人形は勝手に動き、凶暴化してしまうことが稀にある。今まさに、メイの作った土人形がその状況に陥ってしまった。
 とにかく今はこの土人形を消して、安全を確保するのが先だ。
「メイ、後ろに下がっててください。申し訳ないですが、土に還ってもらいます」
 土人形をただの土に戻すのは、造主なら簡単にできることだ。だけど、魔力をコントロールできていない今のメイにはむずかしいと思い、代わりに僕がやることにした。
 といっても、僕は造主ではないので、攻撃して倒す以外の方法がない。せっかくメイが初めて作った土人形を手にかけるのは少し気が引けたが、今は躊躇していられない。
「待ってマレユスさん! あの子、助けなきゃ!」
「メイ!?」
 僕が巨大土人形に魔法を発動しようとすると、急にメイが僕の前に飛び出してきた。
 よく見ると、巨大土人形の足元で僕の作った小さな土人形が震えていた。今にも踏み潰されそうになっている。
 メイは素早くその土人形を抱き抱え、巨大土人形の攻撃から守った。
「よかった……」
 僕の土人形を救えたことに、メイは安堵の表情を浮かべた。しかし、巨大土人形にかなり接近してしまったことで、今度はメイが巨大土人形に狙われる羽目になった。
「危ない!」
 大きく足を上げ、メイを踏み潰そうとする巨大土人形に、僕は強力な水魔法を発動した。
 土は水に弱い。僕が放った水魔法により、巨大土人形は体がどろどろになり動きを止めた。
 とどめの一発といえる鉄砲水をくらわせれば、巨大土人形は完全に動かなくなり、溶けた土は地面と同化していった。……ふぅ。これでひとまず安心だろう。
 僕は土人形を抱えるメイのもとへ行くと、屈んで目線を合わせた。そして、メイの額に軽くデコピンをした。
「いたっ!」
 思ったより痛かったのか、メイの瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。でも、これくらいの罰は当然だ。悪いことをした時は、子供だからって甘やかしていいわけではない。
 無事だったからよかったものの、メイのしたことは間違いなく危険な行為だった。
 僕は若干怒りを露わにし、メイに言う。
「なに考えてるんですか! 馬鹿なんですか!? そんな土人形を庇うなんて」
 体を起こし、上からまくし立てる僕を、メイは片手で額を抑えながら上目遣いで見つめた。
「だって、あのままだとこの子が踏み潰されちゃうと思って……」
「そんなの仕方ないでしょう! そうなったとしても、また新しく同じ土人形を作れば済む話です! あなたがそのために危険を冒す必要なんてなかった!」
 どうせどの土人形も、魔法を解除すればただの土に戻るだけなのに。人間とちがって、そこに命は宿っていない。そんなもののために体を張るなんて、馬鹿のやることだ。
「そうだとしても、今この瞬間に生きてるのはこの子だけだから。まったく同じ土人形なんて、ひとつもないと思います」
「……は?」
「私には、この子が怖がってるように見えたんです。だから助けなきゃって思ったんです」
 メイの腕の中にいる土人形は、ぎゅっとメイにしがみついた。
「……そんなの、ただの作り物なのに。大体、あのまま踏み潰されたらどうするつもりだったんです?」
「あ、それに関しては大丈夫です! だって私、信じてましたから!」
「信じてた?」
「絶対マレユスさんの魔法で助けてくれるって!」
 メイはそう言って、僕に笑いかけた。その瞬間、僕の心がざわざわとし始めた。
 この感情はなに? ……怒り? いやちがう。たぶん――〝うれしい〟ってやつだ。
 あまりにも久しぶりの感情で、僕自身忘れていた。
 誰かに信じてもらえたことなんて、初めてだったから。初めての相手がこんな小さな子供だったとしても、僕の感情を揺さぶるにはじゅうぶんだった。
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