5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
「あいつらも依頼を受けてきたのか? いや、でもおかしいな」
「なにがおかしいのです?」
 不審がるフレディに、マレユスさんが問いかける。
「メイとマレユスが準備をしている時に、俺はマスターからこんな情報を聞いたんだ。魔獣が暴れ出しているのを最初に発見したのはグレッグたちだって。洞窟付近を探検している最中に偶然見つけたと。自分たちでは手に負えないから、ほかの上級ランクの冒険者に頼んでくれと言われたらしい」
「もう一度自分たちで挑もうと思った、とかでは? あの赤髪の彼は、ギルド内でも結構強いほうだって噂でしたよね」
「それはない。マスターは今日この依頼を頼んだのは俺たちだけだと言っていた。それになんだか……あの様子、変じゃないか?」
 私たちは近くにあった岩陰に隠れながら、グレッグたちの様子を伺うことにした。
 グレッグたちは三人で大きな白い動物を囲み、楽しそうに笑っていた。
「ねぇフレディ。あの白くて大きいのなに?」
「恐らくあれが魔獣だろう」
「えっ!? あれが!?」
 フレディに言われ、もう一度よく見てみる。ちょっと遠いのではっきりとは見えないが、姿はまるでホワイトタイガーのような感じだ。
 初めて見る魔獣に興奮している私の横で、マレユスが口を開いた。
「……ふむ。たしかに変ですね。情報では、魔獣が暴れてるって話ではありませんでしたか?」
「そこなんだ。実際見ると――むしろ魔獣が弱っているように見える。逆に、グレッグたちは余裕そうだ」
「! ほんとだ」
 傍から見れば、グレッグたちが魔獣を退治しているように見えるが、この違和感はなんだろう。一方的に魔獣がやられているように見える。近くにモンスターもいないし、聞いた話とは全然状況がちがうじゃないか。
「グレッグたちに直接聞いてみよう」
 私がふたりに言うと、ふたりはその言葉に頷いた。あの三人が揃うと、嫌な予感しかしない。この事件自体に、なにか裏があるように感じる。
 岩陰に身を潜めるのをやめて、私たちも魔獣に近づこうとしたその時だった。グレッグたちが、魔獣に向かって三人同時に矢を放った。
「グオォォォォォーッ!」
 魔獣の大きな呻き声が洞窟内に響き渡る。なんとも痛々しい声に、耳を塞ぎたくなった。
「なにをしているんだ!」
 フレディが三人と、悶える魔獣の前に飛び出した。私とマレユスもそれに続いた。
「おお。お前ら、やっとここまで来たのか。なにって、見りゃわかんだろ。暴れる魔獣を退治してるんだよ」
 いきなり現れた私たちに、グレッグはまったく動じることなく話しかけてきた。チャドとコーリーは前と変わらず、グレッグの近くで薄ら笑いを浮かべている。私たちが来ることを知っていたような口ぶりに、妙な違和感を感じた。
 フレディがギルドで活躍するようになってから、グレッグたちを見かけることはめっきりと減っていた。向こうが私たちを避けていたせいもあるだろう。
 久しぶりに見るグレッグは、前よりもっと悪い顔になった――ように感じる。表情は笑っていても、目が笑っていない。これが私の思い違いだったらいいけれど。
「……うさんくさいですねぇ。暴れてるのは魔獣じゃなくて、あなたたちの間違いでは?」
「あ? なんだお前。マレユスじゃねぇか。なるほど。ギルドのはみだしもの同士がガキをリーダーにして手を組んでるってことか。だっせぇな」
 マレユスさんの挑発を、グレッグはさらに上の挑発をしながら笑い飛ばした。尊敬するふたりを馬鹿にされた苛立ちでか、眉毛がぴくりと動いたのが自分でわかった。
「グオォ……」
 絞り出すような声にはっとして、私は魔獣を見た。呻き声を上げるたび、鋭い牙がちらりと見える。これに噛まれたらひとたまりもないだろう。それよりも――。
「……すっごく苦しそう」
 思ったことを、つい口に出してしまった。 
「当たり前だ。今この魔獣に毒矢を放ったからな。これを打つとこいつの動きを封じられるんだ」
 自信満々に言うグレッグ。魔獣の体には三本の矢がしっかりと刺さっていた。
「お前に魔獣は手に負えないんじゃなかったのか? だから俺たちやほかの冒険者をよこしたんだろ。対策を練って再度挑みにきただけなら、もう勝ちは確定している。本当に魔獣が暴れていたなら、また暴れ出す前にさっさと拘束するべきだ」
「拘束? するわけねぇだろ。俺の真の目的は、お前らをここに呼び寄せて叩きのめすことだからな!」
「……なんだと?」
 グレッグの言葉で、私たちを包む空気が一変した。フレディの顔つきは険しくなり、声色からは若干の怒りが感じられた。
「魔獣は暴れ出してなんかない。これは俺たちが〝作り出した事件〟だ。最近調子に乗ってるお前らをどうやったら一泡吹かせられるか、知恵を働かせたんだよ」
「そんなくだらないことのために、魔獣にまで手を出したのか!?」
「魔獣だからなんだってんだ。モンスターとかわりないだろ。どれだけ強いのかと思ったら威嚇してくるだけで激よわだし。だから俺に利用されるんだよ」
「……グルルルル!」
 グレッグがなにを言っているのかわかるのか、魔獣は低い呻き声を上げた。
「魔獣どころかほかの冒険者まで巻き込んで、タチが悪すぎやしませんか? 現に僕もただの巻き込まれ事故なんですけど」 
「そんなもん、こいつらとつるんだお前の不運を呪えよ。それも、いつもはここに来るまでに狂暴化したコボルトがうようよいるからな。ほかのやつらはそこで断念する腰抜けばかりだった。今日は俺たちが退治してやってたから、お前らはラッキーだったな」
「コボルトは比較的おとなしく害のないモンスターだ。どうして狂暴化したコボルトがここにいる?」
 フレディが聞くと、グレッグは魔獣のほうに目線をやる。
「魔獣の血だ。魔獣の血の匂いは、コボルトを興奮状態にする作用があるんだよ。それに気づいた俺たちは魔獣を痛めつけて、洞窟内や近くに生息するコボルトを呼び寄せることに成功した」
「それじゃあ、モンスターが大量発生したのは魔獣のせいじゃないってこと……?」
「そうなるな」
 私の問いかけに、グレッグが半笑いで答えた。
 つまりこの事件は全部グレッグたち仕掛けたことで、魔獣はただの被害者じゃない……!
「どうしてそんなことを――」
「どうしてだって? お前らが嫌いだからだよ!」
 私の声を遮って、グレッグは声を荒立てた。
「お前らふたりのせいで、俺のギルド内での居場所はなくなった。裏ではみんな口を揃えてこう言いやがる。今のギルドでの最強はフレディだって。今のフレディにこなせない依頼はないって……。メイだって、俺には力を使わなかったくせに今になって聖女の力を開花させやがって……! 気にくわねぇんだよ、お前らふたりが!」
 グレッグが固く握っている拳は、怒りで激しく震えている。完全にただの逆恨みだ。
 すると、グレッグが怒鳴ったタイミングで、魔獣が口から血を吐いた。きっと毒が体に回ったせいだろう。
「大丈夫!? ……っ!」
 早くどうにかしないと、手遅れになる可能性がある。そう思い魔獣に近寄ると、魔獣は近寄るなといわんばかりに私を威嚇した。
「メイ、無事か!?」
「大丈夫。それよりも、魔獣さんを助けないと……!」
「果たしてそんな暇がお前らにあるのか? 周りをよく見ろよ」
 グレッグに言われ、周りを見渡すと、洞窟の奥や大きな岩陰から大量のコボルトが姿を現した。魔獣の血のにおいに反応し、こちらに集まってきているようだ。
「グレッグ! そろそろ引くわよ! このままだとあたしたちも巻き込まれるわ!」
 コーリーが霧のほうへ走りながら、グレッグに叫んだ。
「せいぜいあがいてみろ。そんでもって無様にやられるか、今のうちにさっさと逃げ出すんだな。言っとくけど、この数のコボルトを相手にしながら魔獣の相手もするなんて無謀だぜ」
 たしかに、圧倒的な数の差だ。でも、ここで魔獣を放置するわけにはいかない。よく見ると、体にいくつも矢が刺さった跡が見受けられる。グレッグが私たちへ嫌がらせをするために、魔獣は何度も毒矢を受けてきたのだ。
「……すごい数だな。でも、メイが魔獣を助けたいっていうなら、こっちは俺たちで引き受けるしかないな」
 私が魔獣の前から立ち去らないのを見て、フレディも逃げるという選択肢を捨てたようだ。
「はぁ。仕方ないですね。報酬は僕もきっちりいただきますよ」
 マレユスさんも観念したように、コボルトへの魔法攻撃を開始した。
「ふん。かっこつけやがって。血の匂いが落ち着くまで、お前らが耐えられるのかこの目で見られないのが残念だ」
「せっかくだから見ていったらどうだ? こんな状況を作り出した張本人が逃げるだなんて、かっこ悪いと思わないか?」
「あいにく俺は馬鹿じゃない。勝てない勝負には挑まないんだよ。雑魚モンスターにびびりながら挑んでたお前にはわからないかもしれないけどな!」
 捨て台詞を吐き、グレッグは霧の中へと消えて行った。
 まんまとグレッグの思惑通りに事を進めてしまったわけだが、今は目の前のことに集中するべきだ。
「メイ! 魔獣の血を止めるのを最優先してくれ! 血の匂いが収まればコボルトも退くはずだ! 俺とマレユスでこいつらを食い止めておく! 」
「わかった!」
「無茶は絶対にするな! 危なくなったらすぐ逃げるぞ!」
 こんな時でも冷静に状況判断のできるフレディはやっぱりすごい。マレユスさんも、フレディの言葉に頷いている。
 私は言われた通り、魔獣の止血をするために毒の苦しさで暴れる魔獣に再度近づいた。
 私が近づくと、魔獣は牙を剥き出しにして大声で吠え始める。耳がおかしくなりそうだ。
 グレッグたちにひどいことをされたせいで、人間自体に不信感を抱き、これ以上一歩も近づいてほしくないのかもしれない。
 しかし、ある程度近づかなければ回復魔法を使えない。私は必死に恐怖心を押さえつけて魔獣に近づいた。魔獣に攻撃されたら、小さな私の体は一瞬で吹き飛ぶだろう。でも、その心配は無駄だったようだ。魔獣は威嚇する態度こそ見せるものの、攻撃する姿勢はまったく感じられなかった。……どうしてだろう? 毒のせいで、体がいうことをきかないのかな。
やっとの思いで魔獣の近くまでたどり着く。見上げると、魔獣の青い瞳と私の瞳がかち合った。すると私の頭の中に、誰かの声が聞こえた。
【……てくれ】
「えっ?」
 その声は、だんだん大きく、やがてはっきりと聞こえるようになった。

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