5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
◇フレディside

 迷宮にあった謎の壁の先へ行くと、周りに誰もいなくなった。
 結界がどんなものか試そうと思っただけなのに、簡単にすり抜けられてしまった。引き返そうと思ったのも束の間、壁の向こう側が、離さないというようにものすごい早さで俺を飲み込んできた。
「メイ! マレユス! スモア! ルカ!」
 迷宮探索に一緒に来てくれた仲間たちの名前を呼ぶも、返事はない。
「……参ったな」
 目の前に広がる、なにもないこの空間を見て、大きなため息が漏れた。
 出口を探すしかないので、とにかく歩き回ってみる。ここはいったいどういった場所なんだ? 〝後悔の部屋〟って書いてあったけど……。そんな部屋、今まで行った迷宮でも一度も見たことがない。魔物部屋や宝物部屋はどこにでもあるが……この迷宮だけの特殊な部屋なのだろうか。どの迷宮にも、そこにしかない部屋が存在すると昔聞いたことがある。辿り着くことは極めて困難だが、特殊部屋には秘宝があったり、精霊が住んでいたりするとも。
 ん? ってことは、ここがその特殊部屋なら、〝思い出の石〟を見つけられるかもしれない。メイが引っかかったのは罠でなく、この特殊部屋へ続くスイッチだったとも考えられる。だとしたらこれは俺にとって、ラッキーハプニングだ。
 俺は出口を探す前に秘宝を探すことにした。
しばらく歩き続けていると、数人の人影が見えた。いち、に、さん……四人だ。
 てっきり俺は、みんなもこの部屋に入って来れたのかと思い、笑顔でその影たちに駆け寄った。でも、途中で違和感に気が付いた。
 小さな影が見当たらない。メイとスモアがいるから、四つとも大きな影なはずないのに。
 誰かほかの連中が、同じく秘宝を探しに迷宮に来ていたというのか? 
 警戒しながらも、一歩、また一歩と距離を縮めていく。するとそこにいたのは、見覚えのある顔ぶれだった。
「……ど、どうして」
 俺は四人組を見ると絶句した。
『フレディ、久しぶりだな』
『元気だった? フレディ』
 イアサントにオフェリー。ふたりの両隣には、アリスとロジェ。
 懐かしい笑顔で話しかけてくる彼らは――俺のかつての仲間たちだ。
『そんな化け物を見るような目で見るなって。俺らモンスターじゃないんだから』
「いや……なんでみんながここにいるのかなって……」
 俺が見ているのは幻影なのか。夢を見ているのか。
『それは、私たちがあなたの〝後悔〟だからよ』
「……俺の?」
 どういうことだ。頭がこんがらがって、ちっとも理解が追いつかない。
『そうだ。お前がずっと忘れられないものだ。……忘れてもらっても困るがな』
『でも最近のフレディは忘れちゃってたよね。自分だけ新しい仲間を作って楽しくやってるんだもん』
「ちがう。そういうわけじゃあ……」
 気づけば四方を仲間たちに囲まれていた。みんなは口々に、俺への非難の言葉を浴びせる。
『俺たちはあの戦いでみんな死んだのに、どうしてお前だけのうのうと生きていられるんだ?』
『フレディが守ってくれるって信じていたのに』
『嘘つき』
『どうせ今の仲間だって、守れやしないんだろ?』
「そんなことない。俺は……」
 守れると言いたいのに、唇が震えてうまくしゃべれない。断言できないのは――俺が二年前、この仲間たちを守れなかったからだ。

 ――二年前。俺の祖国、ガレーデン王国でのこと。
「すごい! 今日もフレディたちがモンスターをやっつけてくれたんだって! しかも相手は難敵のキメラ! 襲われかけた子供も無傷だったらしいよ!」
「さすがフレディ率いるギルド最強パーティー! 今ではいろんな国から依頼が舞い込んでるって」
「俺も将来ああなりたいなぁ……あっ! フレディだ!」
 道を歩けば、俺は英雄だった。
 幼い頃、父親を亡くした。死因はモンスターに襲撃された際に受けた致命傷だった。
 毎晩俺よりも泣いている母親を見て、俺は冒険者になり、とても強い勇者になることを誓った。強ければ、大事な人を守ることができるからだ。
 毎日血のにじむ特訓をした。血反吐を吐くような努力をした。その甲斐あって、俺は十七歳にして国一番の最強剣士の称号を得た。
 王族からも手厚い対応を受け、女手ひとつで育ててくれた母に裕福な暮らしをさせてあげられるようになった。
 そして俺と同じように、ギルドには最強と呼ばれる人たちがいた。
 最強魔導士。最強聖女。最強テイマー。最強シーフ。
 俺たちは皆互いの能力に惚れ、いつしかよく集まるようになった。そして、パーティーを組むまでに時間はかからなかった。
 その国一が集まっているのだから、強いのは当たり前だ。
 リーダーである俺は〝銀色の守護神〟と呼ばれた。
俺たちのパーティーはガレーデンの誇りだと言われ、名声を手に入れた。
この五人が集まればこなせない依頼はない。倒せないモンスターなどこの世にいない。俺たちは無敵だ。……この時は、そう信じて疑わなかった。
 ある日、国でたいへんな事件が起きた。
 深淵にいるドラゴンの魔獣が、突然長き眠りから覚めてしまったらしいのだ。このドラゴンは強大な力を持っており、放置しておけば国がまるごと滅びかねないという。
 ガレーデン最大のピンチに、俺たちは立ち上がった。
 魔獣ドラゴンを倒し、国の平和を取り戻そうと意気込んで、俺たちは深淵へと向かった。
 しかしそこにいたのは――今まで見たことのないHPや攻撃力を持つ強大なドラゴンだった。
 最強と言われた俺たちが全員で束でかかっても敵わない。一撃をくらわすことがやっとで、俺は敗北を確信した。
 ――このまま全滅するくらいなら、逃げたほうがマシだ。生き延びることが最優先だ。死んでしまえば、守れる命も守れなくなる。
 俺はそう思い、仲間たちに逃げようと必死に叫んだ。だが、その言葉を受け入れるものはいなかった。俺以外は全員、逃げて帰ってきたと思われることが死んでも嫌だったのだろう。   
名声を失うことを恐れた仲間たちは、ドラゴンによって殺されてしまった。
 俺は瀕死の状態でなんとか生き延び、全身血だらけで国民たちのところへ戻った。
 そんな俺に向けられた視線は――失望の眼差しだった。
『ひとりだけ逃げてきた』『仲間を見捨てた』『最強パーティーを全滅に追い込んだ』。
 今まで歩けば英雄だった俺は、一気に仲間を殺した殺人者と言われるようになった。
 もちろん、冨も名声もすべてを失った。
 俺たちの攻撃もちょっとは効果があったようで、ドラゴンは大人しくなった。そのタイミングで、俺は国外追放を言い渡された。
 俺のことを誰も知らない場所でギルドに入り、イチからやり直そう。俺にはほかに生きる道はない。
 それなのに――俺は討伐ができなくなっていた。剣を振るうどころか、この手に握ることすら苦手になった。
 今まで平気だったのに、誰かと戦うことが恐くてたまらない……この出来事のせいで。
『フレディさんって、なんで周りから弱い者扱いされてるんですか? 実際はあんなに強いのに、どうしてFランクなんだろうって……』
 以前、出会ったばかりのメイにそう聞かれたことがある。
『祖国の冒険者ギルドにいた時に、強大な魔獣退治に行ったんだ。その際、俺は一度死にかけてね。……それ以来、あの恐怖が頭にこびりつくようになって。小さなモンスターすら、その魔獣に見えてしまうようになった』
 俺はそう答えたけど、本当はちがうんだ。
 俺が戦えなくなった理由は、魔獣に殺されかけたからじゃない。頭にこびりついていたのは、あの時死んだ仲間たちの顔だ。それを思い出すと、まともに剣が扱えなくなったのだ。
 祖国では最強剣士と言われた俺が万年Fランク冒険者と罵られ、弱者だと鼻で笑われる。
 本当にこのまま、俺は剣士として終わってしまうのか……そんな時だった。メイと出会ったのは。
 俺を絶望の淵から救ってくれた、小さな小さな女の子。
 彼女は出会ったばかりの俺の心の傷を癒してくれた、不思議な能力を持つ子だった。
 メイに出会ってから、俺は自分がどんどん昔の自分に戻っていくのを実感した。よく笑うようになったし、剣士としての強さだって取り戻した。
 メイの周りには人が集まる。最初は寂しかったけど、それは必然的に、いつもメイと一緒にいる俺の周りにも人が集まるということだった。
 いつしかひとり、またひとり、一匹と仲間が増えて――俺はまた、新しい仲間を手に入れていた。……過去にとんでもない過ちを犯していることをひた隠しにして。

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