5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
『そうよ。その事実を知ったら、みんな離れていくに決まってるわ』
『それが恐くて黙ってたんだろ』
『ずっとそこで後悔していなよ。私たちを見捨てたことを』
 かつての仲間たちになにを言われても、言い返すことがない。
 そう、俺はこの二年間ずっと後悔している。仲間を守れなかったことを。
 この後悔がなくなる日なんて、俺にはこない。
「あ、ああ、うわあぁぁぁ!」
 仲間たちの死に顔が、何度も何度も脳内で再生される。
 民衆の冷たい顔。憧れを失くした子供たちの、絶望と怒りに満ちた表情。全部全部、昨日のことのように思い出される。
「あ、ああ……俺は、俺は」
『仲間を見捨てた最低な人間』
「俺が悪かったんだ……俺が、守れなかったから……」
『絶対に許さない。死ぬまで後悔してろ』
「わかってるんだ。俺のせいだ……」
 克服できたと思ったトラウマを完全に掘り起こされ、俺の精神は崩壊しかけていた。
 これが〝後悔の部屋〟というなら、俺は抜け出し方がわからない。俺はこのまま、このなにもない空間に居続けるのか。
「……っ!」
 その時、仲間たちの罵声に交じって、なにか別の声が聞こえた気がした。驚いて目を見開くと、今度は腕を誰かに捕まれた。俺は怖くなり、思い切りその腕を振り払った。
 だけど、掴まれた腕の部分はあたたかくて、懐かしい感触がした。
 しばらくすると、今度は背中に大きなぬくもりを感じた。そのぬくもりは、俺の乱れた心を落ち着かせてくれた。
ゆっくりと顔を上げれば、変わらず冷たく俺を見下ろすかつての仲間たちと、そして――。
「……メイ」
 振り返ると、そこには俺の背中にぎゅっとしがみつくメイの姿があった。
「……フレディ! やっと気づいてくれた」
「どうしてメイがここに……」
「フレディを助けに……ううん。迎えにきたの!」
「俺を?」
 メイはさらに強く俺にぎゅっと抱き着くと、こくんと頷いた。
 メイは俺を追いかけて、この部屋まで来てくれたのか……?
「フレディ。ここはね。深い後悔を抱えた人間だけが入れる場所なんだって。多分、その後悔とうまく向き合うことができないと、ここからは抜けられない。それどころか、この空間にとりこまれちゃう。……これは、私の勝手な予想だけど」
「……じゃあメイも、なにか抱えていたものがあったのか?」
「そうみたい。自分では気が付かないところでね。でも私、ちゃんとその後悔をなくせたよ。フレディはできそう?」
 俺と違って、メイはひとりで乗り越えられたようだ。だけど俺は……。
「俺がしたことは許されることじゃないんだ。……俺は、かつての仲間を全員見殺しにして逃げ出した。守りきれなかったんだ」
 こんな話を、幼いメイにするべきではないと思っていた。話せば俺のことを怖がって、もうあの無邪気な笑顔を向けてくれなくなるかもしれない。
 だけどもう、ひとりで抱え続けるには限界だった。
「フレディは、仲間を守れなかったことを後悔してるんだね」
 メイの優しい声が背後から聞こえた。
「ああ。この先も一生、後悔し続ける。あの時俺が逃げなければ……一緒に死んでいた方がよかったんじゃないかって……」
 勝ち目はなかった。仲間を説得しきれなかった。だったら、俺も一緒に命を賭して戦い続けるべきだったのか。そうしたら、全員が英雄として終わることができたのか。
「それはちがう。だってフレディがそこで逃げてなかったら、私はあの日、キングウルフに食べられて死んじゃってた」
「……っ!」
 メイに言われ、メイと初めて出会った日のことを思い出した。俺が仲間を失ってから初めて、剣を振るうことができた日だ。
「フレディがひとりでも必死に生きようとしてくれたから、私は助かったんだよ。……あの瞬間からフレディは、私のヒーローになったの」
「俺がメイの、ヒーローに?」
 俺はまた、誰かにとっての英雄になることができたのか?
〝生き延びることが最優先だ。死んでしまえば、守れる命も守れなくなる〟
 あの時、俺が思ったことは決して間違ってはいなかったんだと、メイが俺に教えてくれているようだった。
「フレディ。もう、自分のことを許してあげて?」
 自分を許す……そうか。俺は、ずっと自分のことが許せなかったんだ。
 周囲から嫌われ蔑まれることを、自ら望んでいたんだ。
 そうされることで、犯した罪の償いになると思い込んでいた。
 だけどメイと出会ってから、俺は幸せを取り戻していった。俺にそんな権利はないのに。俺は過去を後悔し続けて、生きていかなくてはならないのに。それをわかっていながらも――今の環境を自ら手放すことなんてできなかった。
 目の前の仲間たちが俺を責め立てるのは、俺がそれを望んだから。俺自身が、後悔をなくすことをいちばん恐れていたからだ。
「自分のしたことは間違ってたって、逃げずに死ねばよかったって……今でも心の底から、フレディは思ってる?」
「今でも……?」
 後ろから、メイが俺の顔を覗き込んでくる。
「生きててよかったって、この二年間で一度でも思ったなら、フレディは間違ってなかったんだよ」
 大きな瞳が、言葉と共に強く俺に訴えかける。
俺は――メイを助けたあの時、生きていてよかったと心から思った。
「っ!」
 そのことに気づいた瞬間、メイが別人のように見えた。髪も伸びて、背も伸びて、まるで大人の女性かのようだった。だが次に瞬きをすると、いつものメイに戻っていた。
「……そうだな。俺は、前に進まなくちゃいけないな」
 こんな幼い子に言われるまで、自分の本心にすら気づけなかったとは情けない。 
「自分が犯した罪は忘れない。だけど、俺はあの日の自分の判断を、もう間違いだったとは思わない」
 顔を上げ、俺は仲間たちに正面から向き合った。
「たとえすべてなくしても、国中の人に失望されても、みんなに一生恨まれようとも……。俺は生きるという選択をしたことに後悔はない。生きていたから守れるものがあった。守って行くものを見つけられた。もう過去にはとらわれない。俺はこれからも、剣士として誇りを持って生きていく」
 そう言うと、怖い顔をしていた仲間たちが顔を見合わせてふっと笑った。変わらない笑顔を見て、懐かしいと同時に涙が溢れそうになる。
『そう決めたなら、もう後ろを振り返るなよ』
 テイマーのロジェ。みんなのお兄さん的存在。
『私たちは生より名声をとった。あなたは生きることを選んだ。それだけの話』
 聖女のアリス。不器用な性格だったが、誰よりも心優しい女性だった。
『素敵な仲間ね! 子供に手出しちゃだめだぞっ!』
 シーフのオフェリー。お調子者で、パーティーイチのムードメーカー。
『……がんばれよ。〝銀色の守護神〟』
 魔道士のイアサント。俺のよき理解者で、クールで真面目なやつ。
 ――俺の自慢の、ガレーデンの仲間たち。
「……ああ!」
 全員から投げかけられた言葉に頷くと、仲間たちは静かに消えていった。
 俺が見ていたものは、この部屋が作り出したただの幻影にすぎなかったのかもしれない。
 都合いいみんなを、俺が作り出しただけかもしれない。
 それでも、俺はみんなの死に顔を思い出すことはなくなるだろう。これからは、今俺に向けてくれた笑顔が、俺の生きる糧となっていくのだから。
「……フレディ?」
 呆然としたままの俺を見て、メイが心配そうに名前を呼んだ。俺はすぐさま振り返り、メイを思い切り抱きしめる。
「フレディ、苦しいのなおった?」
「なおったよ。……メイはすごいな。一生かけてもなおせないと思っていた傷を、完全に癒してくれた。俺が自分の後悔と向き合えたのは、メイがいてくれたからだよ」
 頭を優しく撫でると、メイはうれしそうに笑う。
「ありがとうメイ。……一緒にみんなのところへ帰ろう」
「うんっ! ……痛っ」
 すると、メイが急に背中を押さえて眉をひそめた。
「どうした!? 怪我でもしたのか?」
「ううん。いきなり背中がチクっとして……」
「どこだ。俺が見てあげるよ」
「だ、だめだよ! レディにそんな簡単に体を見せろだなんて、破廉恥!」
 よかれと思って言ったのに、なぜか怒られてしまった。メイも年頃の女の子ということか。ちょっと子供扱いしすぎたな。
「ごめん。男として配慮が足りなかったよ」
 謝りながらメイの手を取れば、メイはぷくっと頬を膨らませながらも俺の手を握り返してくれた。こういうとこがたまらなくツボだ。
「あ、見てフレディ! 出口かな?」
 立ち上がると、道の先にさっきまでなかった光が見えた。どうやら出口が開いたようだ。
「行ってみよう」
 手を繋いだまま光に向かって歩いていると、メイがまたなにかを発見した。
「フレディ、あそこに宝箱がある!」
 道の途中に、ぽつんと宝箱が置かれていた。
 ――あの中に〝思い出の石〟があるかもしれない。でも……。
「いいや。無視しよう」
「えっ!? いいの!?」
 びっくりするくらい、宝箱への興味が湧かなかった。秘宝も、試験も、もうどうだっていい。
「だってあの宝箱を開けるには、メイの手を離さなきゃならないだろう?」
「そんなの、またすぐ繋げばいいんじゃ?」
「嫌だね。俺は一秒足りともこの手を離したくないんだ」
 宝箱の中身より大切なものは、既にもうこの手の中にある。
「メイのことはこの先なにがあっても守り抜くよ。だって俺はメイのヒーローだから」
 そう言うと、さっきまで膨らんでいたメイのかわいらしい頬が、ぽっと赤く染まった。メイは恥ずかしそうに俯いて、肩をわなわなと震わせている。
「わ、私……!」
「うん?」
「大人になったらフレディと結婚するっ!」
 メイの爆弾発言に、俺はびっくりしてきょとんとしたが、すぐにどうしようもない愛おしさが込み上げてきた。
 娘を持つ父親の気持ちが今ならわかる。こんなことを言われて、うれしくないはずがない。
「はは。楽しみに待ってるよ」
 俺はメイに笑いかけると、小さな手をもう一度強く握り返した。
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