憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
「馬鹿な事をしましたね、あの人達は。義姉上、本当に申し訳ありませんでした。」
翌日の午前、ジェイドの予想通り早速先王陛下と示し合わせてやってきたアースラン殿下と応接室で対面する事になった。
お母上のお色を完全に受け継がれた、ユーリ様とお母上の目の色とお父上の黒髪を引き継いだジェイド。
そして亡くなられた公妃殿下譲りの栗色の髪とお父上のブルーの瞳を受け継がれたアースラン殿下。同じご兄弟でも随分と印象の違う3人の中でも、やはり母上が違うせいか、ユーリ様とジェイドとは違った雰囲気を纏った彼はどこか不思議な空気を纏っている。
来室早々に深々と謝罪した彼に、わたしは戸惑って腰を浮かせる。
「いえ…殿下は何も悪くありませんから!」
そういえば、彼は生真面目な顔で「いえ、私の監督不行き届きですから」と首を振る。
とりあえず3人で席について向き合うと、昨日起こった事の内容を確認する。
アースラン殿下にも、仔細はきちんと伝わっていたらしく、互いの認識に齟齬はなかった。
「とりあえずは、私が責任を持って領地で謹慎させます。エリスも、こちらで手を回して王都の外に嫁がせるよう手配をいたします。」
アースラン殿下の提案に、先王陛下がうーんと唸る。
「なるほど、それを条件に釈放を認めろと?」
父の言葉に、アースラン殿下は自嘲気味に笑った。
「まぁ、俺の立場で出来ることは、この程度しかありませんからね。義父は年齢も年齢ですからこれを機に隠居をさせようかと」
「ふむ…なるほどな?チェルシーはどうしている?」
「知らせを聞いた時は取り乱しておりましたが、彼女ももう長く王族におりますので、理解はしています。二人をお許しいただき、釈放していただけるなら力を尽くすと言っております」
そう言った彼は、「如何でしょう?」と私と先王陛下を順に見比べた。
実際のところ、ベルベルト卿とエリスの件は宮内で起こった事ではあるものの、公にはなっていない。王太子妃の実父と姉が、国王の私室を急襲したなどと広く世間に知られれば、「王室内の派閥争い」「国王陛下と王太子殿下の主権争い」などと騒がれ、余計な火種になりかねないからだ。
こちら側としても、なるべく穏便に、しかし2度と同じ事が起こらないように彼らにはお灸を据えたい。
アースラン殿下が責任を持って監視されると言うのであれば、確かに良いのかもしれない。しかし
「なぁ、アルよ…お前はどう思っているんだ?」
大きく息を吐いた先王陛下が、意を決したようにアースラン殿下に問う。
公妃殿下を亡くされて以降、あまり意思疎通の取れていなかったお二人だけど、どうやら先王陛下はこれを機にアースラン殿下の考えている事を知りたいと、思っておられるのだ。
「何をですか?」
問われたアースラン殿下は、お父上が何を意図して問いかけているのかは計りかねているようで、不思議そうに首を傾けた。
「穏健派と革新派の均衡だ。これだけ革新派が煩いと、お前の意思は今後随分と重要になる」
静かな声で、言い聞かせるように先王陛下が問うと、アースラン殿下のブルーの瞳が細められ、そして自嘲気味に微笑まれる。
「たしかにそうですね…ただ正直俺はどうでもいいんですよね」
投げやりにとも言えるほどあっさりと言われて、私だけでなく、先王陛下も息を飲んだのが分かった。
「どう…でもいいとは?」
ようやく出た私の問いに、アースラン殿下はゆっくり頷く。
「兄上に成り代わって国王になりたいとも思いませんし、革新派の力を強めたいとも、思いません。ということです。まぁ周りは俺の立場を使って色々しようとしますが、正直どうでもいいです。」
そう言って、驚いた様子で言葉を発しないお父上を見た彼は肩をすくめた。
「だって俺が変な気を起こしたら内政は荒れますよね?それって国にいい事はないじゃないですか、それに、兄上とジェイドには生まれつき大きな重荷があります。俺にはなくて、俺らしく生きる事を許されている。それだけで贅沢な事だと思っています」
「アル!まさかお前…」
ガタリと音を立てて、先王陛下が腰を浮かせた。はずみで椅子が跳ねて大きな音が室内に響く。
お父上の驚き様を見たアースラン殿下は、その反応も予測されていたとでも言うように、微笑まれた。
「兄上は生まれた時から、性を偽らされておられた。ジェイドは、その秘密を共有しながら、本当に結ばれたい人と真の意味で一緒にはいられない。そんな人生どちらも俺は嫌ですから」
そう言って私の方を見た彼は「ご気分を害されたらすみません」と頭を下げた。
「知っていたのか…」

愕然とした様子で呟かれた先王陛下に、アースラン殿下はしっかりと頷かれる。
なんだか彼自身がとてもすっきりとした顔をなさっていた。
「なんとなく子供の頃から違和感はありました。でもそれは口に出してはいけないとなんとなく理解もしていました。もちろん母は気づいていませんでしたけど。我が国の状況を勉強していけば。何で兄上がそんな重荷を背負う事になったのかは理解できました。難儀だなぁと思いながら、僕自身は国王なんて面倒なものにはなりたくないから黙って知らないふりをしていました」
そう言って彼は「すみません」と眉を下げた。
「母が死んで、祖父や叔父が色々と口を出してきましたけど、適当に流していました。割とそう言うのは得意なので…結婚以外は、ですけどね」
その結婚相手がチェルシー妃で…そして今回の問題となっているベルベルト卿が彼の義父となったのだけれど、どうやらそこにも何かあるということなのだろうか。
「結婚は…チェルシーを娶ればサーラを公妃にしてもいいと約束されたので受けただけです。」
「サーラとは…サマンサ公妃の事か」
お父上の問いに彼は「そうです」と頷いて。
「俺は…正直サーラと穏やかに過ごせたらそれでいいんです。だからチェルシーをはじめ義父やエリスに動かれるのは迷惑ですし、変に祭り上げられるのもうんざりです。ですから、二人の監視は自分のためにもきちんとします」
そう言って彼は、どうでしょうか?と私達に向けて微笑んだ。
驚いた。私の思っていたアースラン殿下のご結婚の状況と、どうやら実情は少しばかり違うらしい。お世継ぎとなる可能性を持つ男児をなるべく早く持つべく、結婚してわずかな期間に公妃まで娶らされ、彼もチェルシーも少しばかり不憫に思っていたのだけれど。
アースラン殿下の今のお話が本当ならば、むしろ公妃にサーラ様を据えるために、チェルシーを王太子妃に据えるという条件を飲んだ…と言うことらしい。
そうなると、逆にチェルシーがとても気の毒にも思えて来る。だからこそ彼女はわざわざ用もない王宮までやってきてあんな事を言ったのだろう。
「まさかお前がそんな事を考えていたとはな」
額に手を当てて、項垂れる先王陛下をアースラン殿下は、申し訳なさそうに見て。
「失望しましたか?これだけやる気のない息子で申し訳ありません。」
深々と頭を下げた。
そんな彼を見て、顔を上げた先王陛下は首をゆっくりと横に振る。
「いや…お前は賢い。だからこそ我々がここまで知らずに救われてきたのだろうな。むしろ、感謝せねばならんよ」
先王陛下はそれだけ言って、一度口を閉じた。そして
「この件は私からもユーリに伝えよう。あの二人の処断の最終決定はユーリだが、私の考えとしては、お前に管理を任せても問題ないと思うと言っておく。アルマはどうだね?」
そう問われて私も、慌てて頷く。
「私からもお聞きした事は陛下にお伝えさせていただきます。そこで陛下がどう判断されるかは…わかりませんが。」
あくまで私は陛下の代行であるのだから、ここで自分の感情だけでは断言は出来ない。
おそらくそれは他のお二人もわかっていて。
「ありがとうございます父上、義姉上。特に、義姉上には大切な時期に色々とご心配をおかけして申し訳ありませんでした。元気なお子を産んでください」
そう言われて私は、ドキリとする。
そうか…ユーリ様が女性である事は知っていたとしても、今実際に妊娠していらっしゃるのがユーリ様であるという事を彼は知らないわけで…。
そう思うと、私をじっと見る彼のブルーの瞳に何かを見透かされているような気がして。
「ありがとうございます殿下」
内心慌てながら努めて穏やかに笑ってみせる。
そうしてその話し合いはひとまず終了となり、私達はアースラン殿下をお見送りするためにエントランスホールに向かうのだけど。その道中彼がにこりと笑って
「男女どちらが産まれるのでしょうね?私個人としては是非男子であっていただきたいものですが」
と宣ったのだ。
「え?」
意味を測りかねて首を傾ければ、彼は少しだけ声を抑えながら
「そうしたら私はもう王太子でもなくなりますから。そうなれば革新派にも期待されなくなりますし、それに僕もそろそろサーラとの子が欲しいと思っていますから」
清々しいまでに勝手な事を言われて。
「アル、それは流石に勝手にすぎるぞ」と先王陛下にたしなめられていた。
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