今は秘書の時間ではありません

ひきとめたい

俺は栃木から戻ったその足で彼女のマンションへ向かった。

ここにくるのは3回目。

ピンポン

『はーい』

『三浦です。』

『なんですか?』
顔を出すことなくインターホン越しに言われる。

『ちょっと話したいんだけど出てこれないかな?』

『こんな時間にですか?』

たしかに…
もう9時を過ぎている。
でも勢いは大事だ、と思う…けど…迷惑かけることもわかる。

どうしたものかと答えられずにいると鍵の開く音がした。

あ…

「お疲れ様です、社長。どうなさいましたか?」

「こんな夜にごめんな。」

「いえ…今日は直接ご挨拶ができませんでしたので。」

「そのことなんだけど、取り消して欲しいんだ。辞めないで欲しい。」

「…」
突然のことで驚いてしまった。

「友永さんが辞めたら困るんだ。俺を助けて欲しい。」

「社長。社長は勘違いされています。私がいなくなくてもなにも困りませんよ。来週からなにもなかったかのようになりますから。」

「そんなことない!」

「大丈夫です。私がいなくなっても社長は立派にやっていけます。」

「そんなことない!」

「この1ヶ月、社長の仕事ぶりを拝見してまいりました。目を見張るような活躍、リーダーシップ、視野の広さに驚かされました。なんでもそつなくこなされ社長の力量を見させていただきました。」

「ダメな俺から見直してくれたってこと?」

「はい。でも…その上で私は必要ないと判断しました。」

「そんなことない。」

「社長は全て自分で出来ますよ。よくお考えください。私がしてきたことなんてないですよ。」

「そんなことないよ。」

「思いつきますか??私がやっていたことを。」

「…」

「社長のご飯の準備ですか?車を配車することですか?メールチェックですか?」

「…」

「お分かりですよね。私はただそこにいただけなんです。」

「そんなことない。君に助けられたよ。」

「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。」

「ならまだ続けてくれよ。」

「できません。」

「なぜ?」

「私は必要のない社員ですから。もう失礼します。」

友永さんはドアに手をかけた。
俺はその手を握り閉めさせない。

「離してください。」

「ダメだ。これで終わりなんて納得できない!」

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