今は秘書の時間ではありません
ドンドン

俺はノックするが反応はない。

ドンドン

声は聞こえないが相変わらず嗚咽が漏れ聞こえる。

「聞いてくれ。俺は秘書としての君に惹かれたんだ。あんなにダメな俺に引き回されうんざりしてたはずなのに俺のために走り回ってる君の姿が健気で目が離せなかった。先回りして準備してくれ、俺を精一杯支えようとしてくれる君から目が離せなかった。」

「…」

「真面目になった俺にさりげない気配りで気持ちよく働けるよう外部との応対もしてくれた。俺が知らないところでの他社とのやりとりもとても評判が良く毎回訪問するたび褒められたよ。いい秘書を持っている、と。」

「…」

「言わなくても資料がいつもファイルさせてたよな。疲れた頃にはコーヒーが運ばれ、飲み過ぎだと思うとほうじ茶になり…。痒いところに手が届くような秘書だったよ。」

「…」

「今まで秘書なんて持ったことなかったから秘書の仕事って良くわからなかったけど凄いと思ったよ。なんで言わなくてわかるんだろうって。」

「…」

「ねぇ、聞いてる?」
囁くように聞く俺の声にドアの向こうで動く音だけ聞こえてくる。
嗚咽も小さくなっている。

「でもさ、そんな君が俺に酔いながら文句言うんだ。やってらんない〜って。あれを聞いたら急に可愛く思えてさ。真面目な君でも文句言うんだなぁって。」

ビクッとするのが伝わってきた。

「それからは君のことが気になってさ。」

「…」

「俺はめちゃくちゃ忙しくなって帰るのもままならなくなってきたんだ。でも今失敗は出来ないと必死だった。寝る間を惜しんで、ってこう言うことなんだろうなって思うくらい頑張ってた。心身共に消耗してきた時、君は朝ごはんを持ってきてくれたんだ。膝には暖かいブランケットがかけられててさ。ご飯を食べるとお腹があったかくなってさ。疲れ果ててた俺を力付けてくれた。」

嗚咽が聞こえなくなってきた。

「毎日、毎日君の朝ごはんが楽しみになってたんだ。ある時俺は自宅に帰れて家から出てきたんだ。泊まってないことを知ってる君はもちろん朝ごはんを持ってきてくれないだろ。なんで俺は泊まらなかったんだろうって悔やんだよ。」

自分で言ってて苦笑してしまう。
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