今は秘書の時間ではありません
「秘書に戻ってきてくれないか?改めてお願いしたい。君が必要なんだ。君に助けて欲しいんだ。」

「私でいいんですね。」

「君がいいんだ。」

「ありがとうございます。」

「戻ってきてくれるってことだよな?」

「はい。もう一度社長の元で頑張らせてください。」

「ありがとう。」

「紗奈、俺と付き合って欲しい。秘書の時間以外は俺にくれないか。」

「私では役不足ではないですか?」

「そんなことあるわけないだろう。君がいいんだ。」

「私、社長の姿を見ていつも惹かれていました。かっこよくてスタイリッシュに仕事が出来て、みんなの真ん中で輝いてると思いました。この1ヶ月、どんどん輝いていく社長は眩しくて仕方なかったです。でもご飯を食べに連れて行ってくれたときふと自然に思ったんです。この時間が続くといいなって。なんでなんだろうって思いました。でも自然と一緒にいて思ったんです。これが好きってことなんですかね。」

「俺も一緒にいたいって思ってる。」

「社長に秘書も彼女としても私がいいって言ってもらえて嬉しい。」

「紗奈、今はもう社長の時間は終わりだよ。一樹って呼んでよ。」

社長の声が甘くなる。
私の頭を撫でる手が優しい。

「うん。一樹、好き。」

またグッと抱き寄せられた。
一樹の胸からは心臓の音が聞こえてくる。

「一樹の音、速い。」

「おい、聞くなよ。」

「私も速いよ。」

「聞かせたくないけど離せないな。」

またグッと抱きしめられる。
私の手も一樹のスーツにしがみつく。

どれだけこうしてくっついていたんだろう。

もうこのまま離れたくない。

そう思っていたら、

グルルルルルルル…

あら、なんだか懐かしい音が。

「ご、ごめん。なんか緊張が解けてきたら鳴っちゃって…。今日一日中どうしたらいいか考えてたらご飯が喉を通らなくて食べてないんだ。」

「ウフフフ。また食べていきますか?」

「ごめん、恥ずかしいよ…やっぱり締まらないな、俺。告白しておいて最後お腹が鳴るなんてさ。スマートに出来なくて幻滅してない?」

「してませんよ。可愛いです。」

顔を真っ赤にした一樹に返って私の胸は掴まれた。

「今からだと簡単なものしかできないけど入って下さい。」

「ほんとごめん。」

俺は俯きながらお邪魔させてもらった。
3回目なのに初めて見渡すこの部屋にまたドキドキしている。

紗奈はそのままキッチンに立ち、待っている間にと保存されていた漬物ときんぴらを出してくれた。食べ始めるとすぐに温め返した味噌汁とご飯が並ぶ。キッチンからはいい香りがこちらまでくる。手際良く生姜焼きが作られ運ばれてきた。

「このくらいで足りますか?残り物とかでごめんなさい。」

「残り物じゃないよ。紗奈の手料理がまた食べられて嬉しいよ。」

「冷めないうちにどうぞ。あ、ビール飲みます?」

「今日はいい。ありがとう。」

さすが男性。
食べるのがとても速い。
でも育ちの良さが出ておりとても綺麗に食べる。

「慌てないでゆっくり食べてください。」

私はお湯を沸かしコーヒーを入れる準備をする。

「ご馳走さまでした。」

「え?!もうですか?」

「うん。すごく美味しくてあっという間だったよ。ありがとう。」

「おかわりされますか?」

「大丈夫。」

「じゃ、コーヒー淹れますね。」

「ありがとう。」

一樹はお皿を下げようとする。

「あ、大丈夫ですよ。」

「今は秘書じゃないだろ。敬語はいらないし対等だよ。ただの君の彼にさせてよ。」

今度は私が真っ赤になる。
そっか…社長が彼になるのか。

俯いている間にお皿を片付け洗ってくれる。

自然と私は食器を拭き棚に戻すため一緒にキッチンに立つことになる。

2人でキッチンに立つなんてドキドキする。

少ない食器はあっという間に片付き、コーヒーを持ちソファに腰掛けた。

時間はもう11時。

「今日はこれで帰るよ。でも明日デートしてくれないか?きちんとやり直したいんだ。」

「うん。」

立ちあがり玄関へ向かう一樹。
玄関先で、明日11時に迎えにくるからと言い私の口に触れるだけのキスをした。

あ…

あっという間で驚き、口元に手を当てると満面の笑みを浮かべた一樹が手を振り帰っていった。

私はヘナヘナと玄関に座りこんでしまった。
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