目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
「マ、マクシム様! どうかお助けを……!」

 今しがた第二王子への暴言を吐いたことも忘れたのでしょうか、ゲイル公爵は媚びるような笑顔でマクシム様に擦り寄りました。
 対するマクシム様もいつも通り笑みを浮かべておられましたが、その艶々とした唇から紡がれる声は、全く穏やかなものではありませんでした。

「僕の名を騙り、白鷹の騎士団を勝手に動かしたな。公爵」
「……へ……」

 低く冷たい声音に、遠くにいた私まで震えそうになりました。いつの間にか傍まで寄って来ていたジョセフィーヌの羽毛にしがみつき、私は恐る恐る事の成り行きを見守ることに。
 マクシム様は笑顔を維持したまま肩を竦められ、軽々とゲイル公爵を脚で押し退けてしまいます。

「あろうことか王宮内に私兵をも持ち込み、兄上の命を奪うよう指示するとは。おかしいな、僕は兄上を殺したいだなんて一度も言った覚えはないのに」
「え……そ、それは、ですがマクシム様、貴方が王になるためにも、ドッザの血を生かしておいてはなりま」
「おや、誰が発言の許可を与えたかな」

 公爵の口を片手で掴んだマクシム様は、やれやれと大袈裟にかぶりを振って仰いました。


「僕と一緒に、くだらん遊びに興じていれば良かったのだよ。お前のような馬鹿を集め、手元で管理するのが僕の役目なのだから。──他でもない、次期国王たる御方のために」


 マクシム様の視線の先には、心底驚いているご様子のヴァルト様がいらっしゃいます。分かりますわよヴァルト様、私もちょっと信じられない気分ですわ。

 まさか今までのアホ王子っぷりが、全て計算づくの演技だったなんて。あの白鳥のような衣裳も、自信過剰な態度も──マクシム様は第二王子派の傀儡として操られているのだと、皆が思い込んでいましたもの。
 それが実は全くの逆で、マクシム様は自ら過激派の貴族を搔き集め、いつかヴァルト様が彼らを弾劾しやすいように備えていたのです。道理で第二王子派の貴族がゴロゴロと失脚させられるわけですわ。
 加えて身内さえも騙していたところから見るに、恐らく相当な時間を掛けて今の王子像を創り上げていたに違いありません。

 そう、例えば──母君である第二夫人が心を壊してしまったとき、とか。

「悪かったな伯爵令嬢。ヘリオッドの我儘で貴女が選ばれてしまってな」
「ひえっ。い、入れ替わりは……やはりマクシム様のご提案でしたの……?」
「ああ、そろそろ此奴(こやつ)らのガス抜きが必要だったのだよ。精神の入れ替え程度なら命の危険はないし、あと内股の兄上も見てみたかったし」
「おい」

 ヴァルト様の非難を込めた呼びかけに、マクシム様はあっけらかんと笑っておられました。

「というのは冗談で、初めは僕が兄上になり替わって適当に騒いでみようかと思ったのだよ」
「待て、俺に白鳥の衣裳でも着せるつもりだったのか? 内股より悲惨だ」
「何だと! 僕は純白も虹色も段々と気に入って来たのに!」
「それは本気で良いと思ってたのか、すまん」

 お二人が言い合う傍ら、つい白鳥姿のヴァルト様を想像してしまった私は一人で噎せるしかありませんでした。
 そんな珍妙な空気でただ一人、ゲイル公爵だけが青褪めていらっしゃいます。当然でしょう、今や公爵はマクシム様の手のひらで転がされていた哀れな道化です。
 二人の王子殿下に争う意思がないと判明した以上、公爵に味方する者はこの場にいませんでした。

「どこへ行く」

 こっそりと逃げようとした公爵の裾を、ヴァルト様が剣で突き刺して固定しました。

「既に蒼鷲の騎士団が庭園を封鎖している。逃げ場はないぞ」

 冷ややかにヴァルト様が告げてしまえば、ついにゲイル公爵は観念したのか、ぐったりとその場に蹲ったのでした。



 ──公爵が蒼鷲の騎士団に拘束され、その私兵もぞろぞろと連行されていく様を見送り、未だ垣根に寄り掛かっていた私は大きな溜息をつきました。
 これで一件落着ですわ。とんでもない幕引きでしたけど、今後はマクシム様もヴァルト様に公然とご協力してくださるでしょうし、立太子の儀も恙無(つつがな)く行われるはず。

「……終わりましたのね……」

 ひと月ほどに渡って続いた珍事件。非日常すぎて一生忘れられませんわ。
 少しばかり土で汚れた手を持ち上げ、その細い輪郭に苦笑してしまいました。やっと自分の体に戻れましたけど、確かにヴァルト様と比べると木の枝のようです。
 こんな体で、ヴァルト様は私の元まで駆け付けてくださったのですね。
 手のひらを下ろすと、代わりにヴァルト様のお姿がそこに現れました。
 その右腕には簡単な応急処置が施されています。きっと騎士団の方が手当てをしてくださったのでしょう。

「体はまだ怠いか」
「……あ、いえ大丈夫──」

 治療薬がもたらす発熱は、もうだいぶ治まっていました。今はただ安堵のあまり脱力していただけです、と私が口を開くより先に、ふわりと体が浮きました。

 え? これはもしや、お姫様抱っこではございませんの!?

 横抱きにされたまま暫しヴァルト様のお顔を凝視してしまった私は、真っ赤になりながら慌てて抗議いたしました。

「きゃー!? ちょっと駄目ですわヴァルト様、あなた今っ右腕が!」
「そういうお前は裸足だからな。歩かせるわけに行かんだろう」

 は!? そういえばそうでしたわ、ダチョウに乗る際にヴァルト様が靴を脱ぎ捨ててしまったのでした。いえいえ、だからと言って負傷なさっているヴァルト様に抱えていただくのはさすがに。

「あ! ジョ、ジョセフィーヌに乗せていただけばよろしいではありませんこと!? それならヴァルト様のお手を煩わせることもありませんしっ」
「俺が好きでやってることだ、気にするな」

 思わず「す」の口で固まってしまいました。
 石の如く硬直した私をどう思われたのか、ヴァルト様は苦笑を滲ませつつ歩き出します。

「それにお前も、体が戻ったらしてほしいと言ってただろう」
「あれ、どうして私の言質が取られていますの……!? でも今は降ろしていただきたいんですのー!」
「後でな」

 私の抗議も虚しく、ヴァルト様はそのまま庭園の外へ抜けてしまいました。そこで蒼鷲の騎士団や、騒ぎを聞きつけた王宮の皆さまから何とも生温かい視線を浴びることになったのは、言うまでもありません。
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