目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
11.終わり良ければ全て良しですわ!
「立太子の儀はひと月後にちゃんと行われるのですね」
「ああ」
「……。マクシム様は白鷹の騎士団に謹慎処分を?」
「彼らが半ば自発的にな」
「…………。ゲイル公爵は、投獄されましたの?」
「王子殺害を企てた罪でな」

「──で、私は?」

 長閑な小鳥の囀りを聞きながら、私は自分の顔を指差しました。
 いつだったかアランデル様とのお茶会に使用した、王宮内のテラス。白亜のお洒落なテーブルを挟むのは、少々お疲れの様子で紅茶を啜るヴァルト様です。
 相変わらず美しい所作でティーカップを置いたヴァルト様は、ひとつ間を置いてから首を傾げられました。

「何が?」
「いえ、先日の騒動が終わってから、その……特に体の異常もありませんのに、ずっと王宮に置いていただいているものですから」

 言いつつ視線が泳ぎ、私は困り果てました。
 私と入れ替わっていた間に滞ってしまったご公務、立太子の儀に備えての準備、すっかり意気消沈した第二王子派の処分など、ヴァルト様とセイラム様はここ暫く大変忙しい日々を送っていらっしゃいます。

 一方の私はと言えば、ヴァルト様から命令を受けた侍女の皆様方に甲斐甲斐しくお世話をしてもらいながら、何とも快適すぎる日々を送っておりました。

 カルミネ様から頂いた治療薬の副作用もなければ、体の違和感に悩むこともなく。呪術に掛けられる以前と全く変わらない──いえ寧ろ健康的かつ清々しい気分でのんびりと過ごしております。
 しかし昨日、いよいよこの素晴らしき堕落生活に後ろめたさを感じ始めた私は、侍女におずおずと伯爵邸への帰還を仄めかしてみたのですが。

『えっ……お待ちくださいリシェル様、どうかヴァルト様のお仕事が落ち着かれるまで王宮に!』
『明日お時間が取れるか確認して参ります!!』

 何故だか必死の形相で止められてしまいました。
 しかも彼女たちは大急ぎでセイラム様の元へ向かっては、今日の細やかなお茶会をヴァルト様の予定に組み込んでいただいたそうなのです。
 つまり結果的に、私がお忙しいヴァルト様をここへ呼び出したことになっているのですのよね。何て図々しい居候なのでしょう。

「こほん。ええと、ヴァルト様もお忙しいでしょうし、私は一度屋敷に戻らせていただこうかと思いますの。両親も未だに毒キノコで私がおかしくなったと信じているでしょうし」
「……それなら俺から直接詫びの手紙を送った」
「えっ」
「長らく面会もさせなかったからな。お前の容態が快復したことは伝えてある」

 ヴァルト様はお互いの体が元に戻った翌日、すぐに伯爵邸へお手紙を送ってくださっていたようです。普段はちょっと面倒臭がりなくせに、こういうところはきっちりしていますのね。

「ありがとうございます、ヴァルト様。きっと今頃お父様も安心していますわ」
「どうだろうな」
「へ?」

 私が笑顔でお礼を述べたのも束の間、何故かヴァルト様は不穏な相槌を打ちました。
 一体どういうことかと尋ねるより先に、私はハッといたしました。

「まさか──私がヴァルト様のお体に入っていた間にぶっ壊した鏡や馬車や柱や茶器やその他諸々の弁償代を伯爵家に請求」
「していない。俺が知らんものまで入ってたな今」
「ひやああ申し訳ございません! ……って、え? では先程の妙な返しは何でしたの?」

 そわそわと首を傾げつつ紅茶を啜ると、一方のヴァルト様が急に大きく溜息をつかれました。
 しかしてティーカップの中で揺れる赤茶色の鏡面をじっと見詰めたまま、ヴァルト様は暫し沈黙してしまいます。

 ……な、何でしょう。元から口数が多い御方ではありませんけど、落ち着きませんわ。

「ローレント嬢」
「はい?」
「……お前はまだ婚約者探しを続けるのか」

 質問の意図を測れずに、私はゆっくりとティーカップを置きました。

 婚約者探し──そういえば私、身分の高い殿方と結婚するために奮闘していたのでした。残念ながら、いえ、幸いにも此度の事件を機にアランデル様のクソっぷりが露呈したことで、それも振り出しに戻ったわけですけれど。

 そう考えると少々気分が重いですわ。
 一から婚約者を探さねばならないのは勿論、私は叶うことなら──。

 ちら、と向かいに座るヴァルト様を見遣ると、ばっちり目が合ってしまいました。
 途端に胸の奥が絞られるように痛み、私は慌てて視線を逸らしました。

 い──いけませんわリシェル。さすがに高望みも良いところです。いくら第二王子派を打倒するために共闘したとは言え、私たちはただそれだけの仲でございますのよ。

「……ローレント嬢?」

 そもそもよくお考えなさい。相手は筋肉に取り憑かれた筋肉王子ですわ。どんな美女だってある程度の筋肉量がないと眼中にすら入れていただけませんのよ!

「おい」

 しかも!!
 体が元に戻る寸前、互いに入れ替わったままの状態とはいえ、私と、く、口付けておきながら、そのことには何一つ触れて来やしません!!
 私にとっては天地がひっくり返るほどの衝撃的な大事件でしたのに!

「──くっ……悔しさで目頭が熱くなることはありますけれど、拳にまで熱って伝わりますのね」
「違う、お前が紅茶を手首に満遍なくこぼしてるだけだ」
「え!? 熱い!! 早く教えてくださいまし!!」

 私が悔しさや羞恥に手を震わせていたおかげで、気付けばテーブルは悲惨な状態になっています。
 ぎょっとして理不尽な叫びを上げた私に、ヴァルト様は何とも言えないお顔をされたのでした。
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