エリート外科医の不埒な純愛ラプソディ。

 一瞬、目の前が真っ暗になって、さっきまで騒がしかったはずの周囲の声までがどこかに消え去ってしまっている。

 ショックのあまり、ただただ呆然としてしまってた俺の元に樹先生の暢気な声音が戻ってきて、そこで俺は我を取り戻した。

「おーい、どうした?」
「……え、否、なんでも」

 なんとかそうは返したものの、正直、悠長に樹先生と話しているような余裕なんてなかった。

 そこに、樹先生からは、いつになくしんみりとした愁いを含んだような声音が放たれて。

「まぁ、人生、何が起こるかなんてわかんねーけどさぁ。お互い、後悔しないようにしないとな」
「……そうですね」

樹先生のその言葉に共感し、『そうだよな。後悔しないように、ちゃんと高梨にも気持ち伝えなきゃな』そう思う反面。

 伝えたからといって、報われるとはどうしても思えなくて、俺は臆病風に吹かれそうだった。

 優を彷彿とさせる、藤堂に、画像で脅してセフレを強要することでしか近づくこともできなかった、卑怯な俺なんかが太刀打ちできないんじゃないかーーそんな思いに駆られてしまっていたからだ。

「さてと、学会まであと一週間。終わったらぱーっと打ち上げしないとなぁ」
「……ですね」

なんとか我を取り戻すことはできたが、内心穏やかじゃなかった俺は、おそらく泣きそうな顔でもしてしまってたのだろう。

「おいおい、鈴に逢えないからってそんな顔するなよ。窪塚のためにも彩と一緒に鈴も呼んで、二人になれる時間プレゼントしてやるから。よろしくな?」
「……ははっ、それはどうも、ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 譲院長同様、明るい性格で少々チャラく感じることもあるが、面倒見もいいし、脳外科医としての腕も確かで、仕事面でも尊敬している。

 そんな樹先生がなんとか俺のことを気遣おうとしてくれているので、これ以上心配をかけてしまうのも気が引けて、なんとか明るい声を放った。
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