交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 マンションのコンシェルジュが手配してくれたのは、近くにある北山記念病院の医師だった。

 クリニックではなく大きな総合病院のドクターが、それも休日だというのに、わざわざ往診してくれたことにまず驚いたが、さらにびっくりさせられたのは、そのフレンドリーさだった。

「はい、ちょっと口を開けてくださいねえ。喉、見ますから。あーって、言えますか? ええ、そう。上手ですよ」

 熱でぼんやりしている長瀬さんを子どもみたいにあやしながら、ドクターは喉のチェックや聴診をテキパキと済ませていく。

「じゃあ、次は目を見ますよ。はい、貧血もなさそうですね」

 年齢は三十代後半くらいだろうか。長身で、メガネが似合う理知的な顔立ちだ。
 それでいて終始穏やかな笑みを浮かべていて、口調も柔らかい。おかげで、緊張していた私たちもだいぶ気が楽になった。

「あの……大丈夫でしょうか?」
「ええ、風邪の症状ですね。ちょっと喉が赤いから。あと、疲労もあるかもしれません。点滴する必要はないと思うので、できるだけ水分を取るようにして、ゆっくり休ませてあげてください。食事は消化のよさそうなものにするといいでしょう」
「わかりました。どうもありがとうございます」

 会計は後日でいいと言われて、ホッとした。なにしろ私は長瀬さんの保険証がどこにあるかもわからないのだ。

「じゃあ、僕はこれで」

 ドクターがカバンを持って立ち上がる。じょうろの一件を思い出したのは、その時だった。

「そうだ。じょうろ!」
「……じょうろ?」
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