交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「あ!」

 みんなの視線が一気に集中して、頬が熱くなった。
 けれど口に出してしまったことはもう取り消せない。

「じょうろがどうかしましたか?」
「は、はい。えっと、ちょっと待ってください」

 私は洗面所に走ると、ピクルスに水を上げる時に使うステンレスのじょうろを持って戻ってきた。

「その……ゆうべ、私……これで長瀬さんを殴ってしまって……そのせいで熱が出たってことは――」
「えっ?」

 ドクター、由貴、タカくん――一瞬、三人の顔が強ばって、場の空気が揺らいだ。

 タカくんが「あらま、バイオレンス」と言ってから、慌てて口を押える。
 微妙な沈黙が続く中、ふいに掠れた声が響いた。

「い、いや」

 今度は私を含め、みんなの視線がソファに集中する。

「あれは……俺が……悪かったのは……俺だから」

 長瀬さんが目を開けて、こちらを見ていた。
 ひどくだるそうなのに、身体を起こそうとしていて、その拍子にタオルにくるんだ保冷剤が転がり落ちた。タカくんのアイデアで、首の後ろに当てていたものだ。

「はいはい、了解」

 ドクターが保冷剤を拾い上げ、長瀬さんを寝かせながら、保冷剤をまた元の位置に戻す。

「これ、よく知ってましたね。発熱時は大きい血管が通っているところを冷やすといいんですよ」
「あ、それはタカくん、いえ、彼が用意してくれたんです」
「え、ええ。そうなんです。俺、姉がナースやってるんで」

 由貴たち三人がそれぞれ慌ただしく言葉を重ねる中、もう一度長瀬さんの声がした。

「みずほさんは……悪くない」
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