交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
 さらに言葉だけでは納得できなかったのか、再び身体を起こそうとしたが――。

「いいから、篤人。お前はまだ寝てろ!」

 それまで穏やかだったドクターが突然タメ口になり、のしかかるように長瀬さんを押さえつけたのだ。

「お前の大好きな奥さんは悪くないんだろ? よくわかったから、今はおとなしくしてろ」
「……ふぁい」

 ソファから気が抜けたみたいな声が聞こえたが、私たちはあっけに取られてドクターを見つめた。

「あの……今、篤人って……」
「ああ、はい。僕はこいつのいとこなので」
「えっ、いとこ……さん?」
「ええ、みずほさん。たぶん覚えていないと思うけど、先日のあなたたちの式にも参列したんですよ。その時、こちらのお二人もお見かけしました」
「そ、そうだったんですか?」

 ドクターの名前は北山祐也――北山総合病院の院長の息子で、小児科部長を務めているという。
 来訪時にちゃんと名乗られたはずなのに、動揺していた私は覚えていなかったのだ。

「本来なら患者さんの症状を聞いて、深刻そうなら提携クリニックに往診を頼むんです。でも今日はたまたま当直で、電話を回されたものですから。他のドクターはみんな手が塞がっていましたしね」
「あ、あの、北山先生。せっかくいらしてくださったんですから、お茶でもいかがですか? あ、由貴とタカくんも」

 どうして私はみんなにお茶なんかすすめているんだろう? さっきまではここから逃げ出そうとしていたはずなのに。
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