お題小説まとめ①

最悪なのは

月明かりが今日も悲しいほど美しい。
魔王の城で攻略最難関と言われる牢獄の塔。

捉えられてすでに長い月日が経過していた。

それでも私は信じているわ。
勇者様、あなたは今だって私の元に駆け付けようとしてくれているのでしょう。

太陽の元、金色の髪。心配なことなど何もないような明るい笑顔が瞼の裏に浮かんだ。

「ああ、神よ、どうか勇者シイザア様をお守りください…。そして早く彼の元へ…」

それは通算108回目の祈りだった。すると、ついに祈りが届いたのか。
塔の窓枠から誰かが覗き込む姿が見えた。
目を瞠り、思わず立ち上がる。

「誰…?」

問いかけると小さな声が私を呼ぶ。

「姫様!」
「ああ…っ!」

あまりの懐かしさに思わずよろめきながら窓辺へ駆け寄る。

「じいや…!」

ん?じいや?
待って、何かが違うわ。一回落ち着きましょう。
恐る恐るもう一度呼びかける。

「ええと、じいや…?」
「はい、じいやですぞ…!姫、ご無事で何よりです!」

言いながら窓枠を剣で破壊し、じいやが牢獄の中に飛び込んでくる。

「ああ、じいや…。少し見ない間に大分精悍になりましたね…?」
「ふぉふぉふぉ、何のこれしき、姫様のためならこのじいや、どんなことでも耐えられますぞ。ささ、こちらへ。」
「ええ…。あの、じいや?ところで、」

幼き頃の記憶とはだいぶ違うじいやの屈強な腕に抱きかかえられながら私はあたりを見回した。
軽々と私を抱いたまま石造りの塔の壁を降り始めたじいやが私の様子に気づいたのか、尋ねる。

「どうかされましたかな。」
「いえ、あの、勇者様のお姿が見えないので…。」
「ああ、勇者殿は…。」

途端、じいやが悲痛な面持ちになる。私は思わず口元を押さえる。

「まさか…っ。」
「彼も彼なりに奮闘をしていたのです。」
「そんなっ」
「彼の世界から持ち込んだという鉄の車を乗りこなし前の新月の夜には城を囲む湖の岸辺までたどり着いていたのです。」
「それでは半月も…」
「ええ。彼は最後まで果敢に戦っておりました。しかし湖が…」
「まさか…っ」
「運が悪かった。…ここは彼にとって最悪の城、だったようです。」

じいやが眉根を寄せて苦々しい表情で首を振った。

爽やかな笑顔。よく日に焼けた肌に、金色の髪。
もう、その笑顔を見ることはできないのでしょうか。

涙で視界が歪んだ。地面にたどり着き、降ろされた瞬間、思わず膝をついてしまった。
目先の距離に静かな湖面が広がっているようだった。

「それでは、勇者様はこの湖で…」

私の言葉にじいやが神妙に頷いた。

「ええ。一緒に行こうと説得もしたのですがね、…波がないとどうしても水を渡れないと…。」
「…え?」

予想外の返答に瞬く。
瞬いた拍子にぱたぱたと涙が瞳から零れ落ちてだいぶ視界が綺麗になった。

「申し訳ございません、姫様。じいやが魔王を倒すには若き頃まで鍛える時間が必要で…。お迎えが遅くなりました。」
「ええと?」

クリアになった視界の端に手を振る人影が見えた。

「あれは?」
「姫様のお帰りを待つ勇者様です。さあ、いきましょう姫様。」

じいやに手を取られながら、肩あたりまでの深さの湖を歩いて進む。
岸を上ると何も変わらないーー何も考えていないような笑顔の勇者が立っていた。

「いやぁ~ごめんなぁ?俺、サーファーだから?ちょっち波がないと水渡れないのね!っていうかこの世界ドライヤーないし?泳ぐとセットした髪がくしゃるじゃん?姫ちゃんに会う時に髪へたってんの最悪じゃん?っていうか姫ちゃん、空気読んでよー!あの城、俺的にぃ最悪の城っていうかぁ!もっと陸の城にしてよ!まぁじいやっちが助けに行ってよかったわぁー!結果オーライっていうかぁ?」
「最悪なのは…。」
「ん?なんか言った?っていうか、姫ちゃんの城に戻ろうぜ!褒賞もらえるっしょ!」

勇者の国の言葉が左から右へと流れてゆく。
気が付けば反射的に勇者様を湖へと投げ落としていた。

「最悪なのは、お前の方じゃーーー!」
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