お題小説まとめ①

エリザベス・ケリーの覚悟

眼下の彼は白い花に埋もれている。
静まり返った教会には今や彼と少女の姿しかなかった。
少女は生気を失った瞳でぼんやりと彼を見下ろす。頬を伝う涙が一滴、白い頬を転がり落ちる。そっと彼女の三つ編みに結った金の髪を濡らして黒いドレスに消えていった。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。」
おもむろに桜色の唇を震わせて少女は鈴の音で囁く。
愛おし気に指先で彼の頬を撫でる。
触れれば再びぬくもりが戻るとそう信じているかのように、繰り返し何度も。
そして、かつて彼が幼い少女をあやした日々のようにそっと掌で彼の頬を包み込んだ。
「……リリィも一緒にいくから。寂しくないよ。」
そう呟いて静かに微笑む。その頬に、再び涙の雫が一筋の跡を残した。
「でも、」
言葉を止めた少女は頬を力強く拭う。
静かに揺れる瞳を一旦閉じてから、胸元から冷たく銀の光を放つナイフを取り出した。
少女はナイフを握り締め、結った髪の根元に刃をあてがう。
一瞬後、その手に握られたのは二房の結われた金色の髪。
それをそっと白い花弁があふれかえる棺に入れると、冷たくなった兄の額に口付ける。
「今は、これだけ。……お兄ちゃんの妹、リリィの魂だけ一緒に行くわ。」
優しく囁いた後、その瞳にふいに憎悪が燃えあがった。
唇を噛みしめ、絞り出すように低く唸る。
「だけど……私は、」
その手に彼の遺品――アサルトライフルを握り締め、少女は立ち上がる。
静かに横たわる兄を通して何を見ているのか。体を震わせて少女は言葉を続ける。
「私、エリザベス・ケリーは、敬愛すべきクリストファー・ケリーの魂を蹂躙し、侵したすべてを許さない。兄が何をしたというの。…ただ、弱き者へ手を差し伸べただけ。」
手を強く握りこむ。掌には爪が食い込み、血がにじむ。
しかし全く意に介さない様子で彼女はこぶしを震わせて言葉を続ける。
「それが、万死に値するものか。悪魔め――神が鉄槌を下さないのであれば、私が代わりに下すわ。この腐った国に、狂った戦争に…。」
「いいでしょう。」
ふいに教会に低い声音が響く。
「その覚悟、私がもらい受けましょう。」
振り向いた少女の燃える瞳に、悠然と微笑む男の姿が映る。
教会を吹き抜ける一陣の風が短く刈られた彼女の髪を揺らした。
――これは兄を失った少女と、国家を憎む男の反逆の物語である。
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