娘は獣の腕の中
獣は去っていく娘をみつめていた。

「まったく…あの子を家から追い出すのを忘れていたなんて、私ったら…!それにしても危ないところだった…せっかく彼の記憶を入れ替えたのに…」

魔女は獣に向かって指を振り、人間の姿に戻した。

「…とんだ邪魔が入ったわ…。」

「ミスト…?俺…今何をしていたんだ…?あの子は…?」

「…あなたが考え込んでるうちに、あの子は謝りながら出ていったわ。」

魔女はまた涼しい顔で言う。男は気付かぬままだった。

「…大丈夫だろうか…」

「お兄ちゃん!私よりあの子が大事なの!?せっかく二人で過ごせると思っていたのに…!」

魔女が拗ねてみせると、男は済まなそうに謝った。

「悪かった…。」

「お詫びに今日はたくさん『楽しませて』もらうんだから!」

魔女は妖艶な笑みを浮かべた。


一方、男の家のそばを追い出された娘は、心細いながらも森を出るために必死で歩いていた。

(怖かった…男の人が獣に…。あの女の人、噂に聞いた魔女…?あの男の人は使い魔か何かかなぁ?…私、なんであんな所にいたんだろう…?でも…あの家の男の人……)

何も覚えていない。しかし、あの男を何故だか知っている気がした。

「っ…ちょっと…座ろ…疲れちゃった……」

もう暗い森の中で娘は疲れきり、木の根元に座り込んだ。

(何か大切なことを、忘れてる気がする……でももう…眠い……私…こんなとこで死んじゃうのかな……)


目を閉じると、誰かの姿が目に浮かんだ。

『……俺、笑ってるティアが好きだ。だから、生きて、いつも笑ってて……』

(誰…?幸せそうに笑って…私の名前を呼んでくれる……)


『……頼む…もう死ぬことを望まないでくれ…!!お前を殺したくない…!』

(苦しそうにしてる…悲しそうにしてる…でも、時々する優しい声……)


眠りに誘われながら朧げに頭に浮かぶ誰かと誰かの姿を、必死に思い出そうとした。

(あの言葉…きっと私を大切に思ってくれた人たちなんだ…思い出さなきゃ…!)

「…でもなんか…お腹空いてきちゃった…。……お腹……?」
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