娘は獣の腕の中
ある日、獣は夜になっても帰ってこなかった。

(いつもなら夕暮れには帰ってくるのに…)

娘は気になり、自分が出られない戸を開けた。
すると、聞いたこともない女の声が、娘のすぐ近くからした。

「あらあら、早くあなたが来ないから、出てきちゃったみたいよ?」

「…え…??」

その声の主は屋根の上にいるらしかったが、娘の位置からその姿は見えない。
家に続く小道には、疲れ果てた獣がこちらに向かっている姿が見えた。

「その娘に触るな!」

獣は家の戸のそばにいる娘の姿を見つけると、屋根の上にいるであろう何者かに向かって叫んだ。

「本当に、私も甘かったわ。早くもっと酷いのをかけておけばよかった。それでこの娘が壊れてしまえばあなたは私を選べたのに。」

「違う!…こいつはただの餌だ…!!」

「健気ね。そんなに大事?なら早く、私を選べばいいのに。私は、あなたが望んだ通りにしてあげたの。私を選ばなかったあなたをね。その子も苦しめ続けてやるつもり。」

獣は娘のそばに走り寄り、庇うように前に出て屋根の方に向かって叫んだ。

「この娘は関係ないんだ!なんの感情もない…!だから…」

女の声は笑いながら言った。

「じゃあこの場でこの子を殺してもいいのね?なんとも思っていないなら構わないでしょう?あなたが私の元に来てくれるなら、喜んで…」

笑って言われた恐ろしい言葉に、娘は怯えた。

「っ…!」

「やめてくれ!!」

「…あまり私を待たせないほうがいいわよ?もっとこの子を苦しめることくらいできるんだから。じゃ、あなたは大事なこの『餌』を貪り続けることね。」

「頼む…もう……!」

娘は何があったのか、なんのことかも全くわからずに呆然とした。もう女の声は聞こえず、獣は娘を震えたまま抱きしめた。

(あれは誰…?なんで私のこと……)

獣は消え入る声で呟いた。

「…俺が悪いんだ……許してくれ……」
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