Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
* * *
紡はにへらと笑ってアキフミを挑発させながら「今日は時間みたいだね。このつづきは今度……またね、ネメちゃん」と逃げるように帰っていった。アキフミは紡の姿が見えなくなると同時に応接間の扉をバタン、と閉めて、わたしの方へ冷たい視線を投げかける。
「紡さんは悪くないんです、わたしがお話をうかがいたいって、引き止めたから」
「だとしても、お前が応接間でピアノを披露する必要はなかったはずだ」
「聴いてたの?」
「……ショパンの「雨だれ」。開けっ放しの窓と扉から丸聞こえだ」
「じゃあ、わたしと紡さんの会話も?」
「――遺産を相続することはそう難しくない、だっけ?」
「それは」
紡はアキフミには証拠が出揃うまで自分がバツイチじゃない可能性を伝えるなと言っていた。だから、余計なことは口に出来ない。いまは、まだ。
しどろもどろになるわたしを見て、アキフミが苛立たしげに言葉をつなげる。
「言い訳しなくてもいいさ。両親が須磨寺と懇意にしていた紡の方がお前の再婚相手としては理にかなってる。雲野ホールディングスは紫葉不動産と違って不動産業だけでなく多くの業種を束ねているし、紡は生まれた頃から時期社長として教育されたサラブレッドだ。俺みたいなぽっと出の半端者と違ってな」