薄氷
目覚ましが鳴る少し前に、自然と目が開いた。

起床後は、シャワーを浴びて、時間稼ぎでもするように、カップのヨーグルトを口にした。

あらためてテーブルの封筒と向き合う。カッターで慎重に封を切った。
中から出てきたのは一冊の雑誌だった。ネットで注文した数ヶ月前のバックナンバーだ。

———元カレの名前をネットで検索しちゃったんです

そんなことをあっけらかんと口にできる後輩を見ると、羨ましくもある。

陽澄にとって過去は忘れたい存在でしかなかった。東京で新しい人生を始めようと懸命に生きてきた。

大学進学のために上京して以来、志深には一度も帰っていない。
盆も正月も、課題だアルバイトだと理由をつけて帰省しなかった。
就職してからは、仕事柄休みでも勤務があるからと(嘘ではない)言い訳している。

母も祖母も諦めて、たまに二人がこちらに顔を出してくれるようになった。

考えてみれば、陽澄にとって志深は故郷でもなんでもない。
生まれも育ちも大学も就職も東京で、志深にいたのは、高校二年の途中から卒業するまでの一年半程度だ。
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