託宣が下りました。
「考えてみたらあの人は、わたくしが苦手としているものの象徴みたいな人なの」
「苦手としているもの……? それって」
「……力。強引さとか、押しの強さとか。できれば近づきたくなかったものすべて」

 ラケシスが訝しげに眉を寄せます。わたくしはそっと微笑みました。

「けれどね。それらはわたくしにとって“一番興味のあるもの”でもあったの。わたくしは力ある存在に、心が惹かれずにいられない」

 馬車の窓から外を眺めます。
 流れていく山脈。雄大な草原。すべての悩みもちっぽけになりそうな、大いなる自然。

 『苦手』は突き抜けてしまうと、逆に心を奪われる。
 あの騎士はその強引さでとうとうわたくしの心の防御壁を貫いて、中にある心に触れてしまいました。

 あの人は力ある者。だからこそあれほどに生き生きと生命力にあふれて、無邪気に好きなように生き、まぶしいほどに。

 だから……

 ――今は、憧れ。そこで止まってくれればと願うのです。

 これ以上この好意が深まるのは恐かった。修道女になりたい、それがずっと夢だったのに、彼の存在ひとつが人生の何もかもを覆していく。信じていた道が壊れていく。

 今ならまだ――彼が別の女性と結ばれても祝福できます。そして自分には修道女に戻る道が残される。それがいい、それが一番幸せなんだと思うのです。
 彼も、自分も。


「――騎士にちゃんとした恋人ができてくれることを願っているの。本当よ」

 わたくしの言葉に、「そうだね」とラケシスは難しい顔で答えました。

「ヴァイス様ってあれでけっこう浮いた噂がない人だよね。女性と遊ぶより友達と遊ぶほうが楽しい、を体現してるような人だし……あ、擁護してるわけじゃないんだよ!」

 そんなに激しい口調で否定しなくても。
 ついでにあの騎士に浮いた噂がないのは、ついていける女性がいないだけではないでしょうか。

(あの人の相手ができる人がいるなら、それはさぞかし強くて、しなやかで――)

 ……少なくとも自分ではない。心の中で自嘲が漏れます。強さとしなやかさなんて、自分とは真逆です。

「ただ――」

 ラケシスは何かを言いかけて口をつぐみました。

「どうしたの?」
「……いや、何でもない。ただの噂なんだ。こういうのを軽々しく言うのはフェアじゃない」

 自分を叱るように、ラケシスは厳しい顔をします。わたくしは首をかしげました。何の話でしょう?
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