託宣が下りました。
「ちょっと馬車を急がせようか。早く帰りたいし」

 まるでごまかすようにラケシスは言い、御者台につながる小窓を開けました。

「レイモンド、悪いけど速度を上げて」

 我が家お抱え、なじみの御者さんの「はい」という返事が聞こえ、二頭の馬の速度が上がります。
 相変わらず整備の悪いエバーストーンの道の上、わたくしは妹とともに、無言で馬車に揺られ続けました。

 と――

「うわっ!?」

 レイモンドの悲鳴とともに、馬車が急停止しました。何事かとラケシスが小窓を開けます。

 小窓からは信じられない光景が飛び込んできました。二頭の馬が突然荒ぶり前脚を高々と上げ――
 それぞれに速度を上げて駆け出そうとしたのです。

 しかし二頭が違う方向を目指したため、前に進みません。代わりにわたくしたちが乗る箱が大きく跳ね、ガシャンと音を立てて地面に落ちました。

「きゃあ!」

 わたくしは慌てて床にしゃがみこみます。すかさずラケシスがわたくしに覆い被さり、抱きしめてくれます。

「レイモンド! いったい何が起こった……!」
「何かが飛んできたんです! 馬の鼻っ面にぶつかって……うわああ!」
「レイモンド!」

 馬がさらに暴れ、レイモンドが御者台から弾き飛ばされるのが見えました。

 わたくしは思わず立ち上がりかけました。けれどラケシスがすぐにわたくしを抱き留めます。馬は荒ぶったまま二頭それぞれに見当違いの方向へ行こうとしました。衝撃で箱は何度も跳ね上がり、わたくしたちは箱の中を転げ回りました。

「姉さん、外へ飛び出そう!」
「え、ええ」

 床に這いつくばってドアまで来ると、ラケシスがドアを開け放ちました。とたんにまた箱が跳ね、わたくしたちの体が滑ってドアから離れてしまいます。諦めずにもう一度。ラケシスと手を取り合って、必死に出て行こうとしました。

 しかし――

 何の拍子なのか、突然馬たちは二頭揃って同じ方向を目指し始めました。つまり、馬車がまともに走り出したのです。

 とても荒い走りでした。ふだんなら避けて通る大きな石に、ガコンガコンと車輪が乗り上げます。わたくしは再び悲鳴を上げました。先ほどから何度も体を打ち付け、あざができています。

 何が起こっているの、どうしてこんなことになったの。心の中で問うも、答えなど分かりません。
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