託宣が下りました。
「止まれ!――止まれ!」

 ラケシスが叫んでいますがほとんど意味はありませんでした。馬車はひたすら駆けていきます。飛び降りるには危険な速度です。もう、どうしたらいいのか――。


『―――』


「え?」

 外から、誰かの声が聞こえてきました。

 知っている声のような気がして、わたくしは顔を上げました。馬車は変わらず暴れ続け、車輪の立てる音が激しく、妹の声さえ聞くのに苦労します。

 けれど今の声ははっきりと聞こえました。たしか『そのまま――』と、

()()()()()()()()()()()()()!」

(今のは……!?)

 わたくしは反射的に馬車に伏せました。同じ声が聞こえたのか、ラケシスがわたくしに覆い被さり、ただ耐える姿勢を取ります。

 ドアは開け放しにされたままでした。そのドアの向こうで――

 青く光る何かが見えました。図形と多数の文字列を組み合わせた陣。魔法陣!

 瞬く間に魔法陣は巨大化しました。すべての文字が輝き、図形が分解され、空中に展開し、
 やがて輝く青い光の雨となって、馬車に降り注いだのです。

「……!」

 それは箱の天井を透過しました。まるで恵みの雨のように優しく、わたくしたちの肌に触れるなり、吸い込まれるように消えていきます。そうすると、恐慌をきたしていた心がすうと凪いでゆきました。大丈夫、焦らず防御の姿勢を取ればいい。そんな確信が、どこからか生まれてきます。

 わたくしはラケシスと抱き合い、心の囁きのままに、ただ大人しく床に伏せ続けました。

 馬のいななきが――まるで何かに返事をするかのようないななきが聞こえ、かと思うと馬車の速度が落ち始めました。まるで馬にも『冷静になれ』と囁く雨が染みこんだかのように。

 馬車はそのまましばらく駆け続け、やがて静かに止まりました。

 わたくしとラケシスはおそるおそる身を起こし、辺りを見渡しました。

 そこは平原の真ん中――。

 開け放しのドアから見えるのは、やっぱり変わらない山脈と草原です。道を外れたのかどうかさえよく分かりません。わたくしが目をこらしていると、どこからかとても通りのよい声が聞こえてきました。

「この馬車に乗る者にこれ以上横暴な真似をするなら僕が許さない! 僕はお前たちを知っている、立場を悪くしたくなければ大人しく引け!」
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