託宣が下りました。
隣室にはソファがなく、固い椅子とテーブルがあります。本来使用人が控えているための間です。
今はちょうど使用人が出払っているため、わたくしたちは三人きりになりました。
使用人が居間の様子を知るための部屋ですから、この部屋の壁は薄く作られています。ですのでここで話すと居間にも丸聞こえです。母はそれを分かっていてわざわざこの部屋を選んだのでしょう。これから起こることを考えて、わたくしは戦慄しました。
「アルテナ」
「は、はい、お母様」
思わず背筋がぴんと伸びます。母の目がわたくしをじっと見つめています。その視線に押し上げられるように、緊張が頂点に達しようとしています――。
「アルテナ……」
母は広げていた扇子をパチンと閉じました。
わたくしは、ひっと肩を縮めました。母は急にわたくしを睨み見て――、
それから、吠えるように言いました。
「……どうして! どうしてこうなる前にさっさとヴァイス様と結婚しておかなかったのです……!」
「お母様! ですからそれは」
「わたくしは言いましたね、何度も言いました! あの託宣は僥倖、お前は大人しくヴァイス様の元へ輿入れすべきだと! どうして言うことを聞かなかったのです!」
ああああ……
わたくしの胸が失望に塗りつぶされていきます。変わっていない。全く変わっていない、この母は。
母は嘆くように天井を仰ぎ、額に手を当てました。
「ああ……お前があの託宣を下したとき、お母様は天にも昇る心地だったのに。ヴァイス様に。あの英雄ヴァイス様に娘が輿入れできる幸運など……! 滅多にあるものではないのですから!」
「でも母さん、ヴァイス様は――」
「お黙りラケシス。お前も女のはしくれならば分かりなさい、ヴァイス様ほど素晴らしい男性はいないのだと。それともお前は身も心も男に成り果てたか」
「成り果てたってなにさ母さん失礼だよ! 私も最近自分が男なのか女なのか分かんなくなってきたけどさ!」
え、そうなのラケシス。それってひそかに重大な問題じゃ。
けれどラケシスはその話を軽く流してしまいました。
「大体何度も教えただろ、姉さんはヴァイス様に散々辱められてきたんだ! そんな男と結婚しろなんて横暴だ!」
「どこが辱めなのです。激しく愛されて光栄なことではありませんか」
母は恍惚となって言い、ラケシスがげえと下品な言葉を吐きます。