託宣が下りました。
「とにかくヴァイス様と一緒になりたくないからとか――あ、それともこっちの噂が本当なの? ヴァイス様は元々王女様から逃げるために託宣に食いついたけど、あなたと結婚する気もないから頃合いを見て託宣を取り消させたって――」
「……!!」
ひゅ、と喉が細く鳴りました。呼吸の仕方が、完全に分からなくなる数瞬。
「あらでも、ヴァイス様は今でもあなたを追いかけているのだっけ。いったいどれが本当のことなの? ねえ?」
人の好さそうに見えた女性がきらきらと輝く目でわたくしに顔を近づけます。他人に対する興味とは、こうも人の印象を変えるものでしょうか。
きりきりと、胃がしぼられるように痛みが走りました。ああ――だから変装は必要だったのです。
何も考えずにあのお屋敷を飛び出してきてしまった。何てうかつだったのでしょう?
「――ぜ、全部、根も葉もないことです」
やっとの思いでそれだけを吐き出しました。親切に体を拭いてくれたこの人の質問を、むげにするのはためらわれました。
女将さんは不満そうに唇を突き出し、
「そう? でも火のないところに煙は立たないものよ。どこかに事実があるでしょう?」
「………」
事実。それらの噂に事実が含まれているというのなら、わたくしのほうが知りたい。
騎士が王女殿下から逃げるためにわたくしに言い寄った。それだけでは飽き足らず、託宣を取り消させたのも彼。そんな噂があるだなんて。
――自分の目で見てきた彼を信じるなら、どれもこれも一笑に付すことのできる、つまらない噂です。
でも……女将さんの言う通り、火のないところに煙は立たないもの。
この噂のどこかにも、真実があるのでしょうか。そう思うと、体の芯がひやりと冷えるのです。
(信じると決めたのに)
それなのに、簡単に逃げ出してきてしまった。
今も、不信に揺れている。
わたくしは唇を噛みました。ああ、力の緩め方を忘れた胸が悲鳴を上げている――。
女将さんはやはり親切でした。あくまでわたくしを泊めてくれようとしました。
けれどわたくしには、それ以上彼女の視線にさらされる元気がありませんでした。
泊まっていって、いいえ失礼します、と押し問答をしていたそのとき、宿のドアが開きました。