託宣が下りました。

「あら、構わないでしょうそれくらい。私が命じればあの暗殺者の命くらいどうとでもなってよ」
「そんなわけには参りません。シュヴァルツ殿下のお命を狙った人間を解放するなど――」
「アルベルト」

 姫君は手綱を引き締め、馬首を巡らせました。ヒヒンと馬がいななき、鼻先がアルベルト老の眼前をかすめます。

「――私の命よ」

 囁くような甘い声。甘美な毒を、垂らして落とすかのような……

 老兵は口をつぐみました。苦渋の刻まれた顔にのぞくのは、経験からくる諦めのような色。
 わたくしは震えました。姫はいつもこうやって、臣下を従わせているのでしょうか。
 命ずればそれだけで。それが、王女というものでしょうか。

「―――」

 目を閉じれば妹の姿が浮かびます。ああラケシス、今ここでうなずいてしまえばあなたの命は助かるのかもしれない。でも――

「そんな取引はお断りします」

 何よりも姫の思い通りになることが。
 恐ろしいことのように思えたから。

「騎士もラケシスも、わたくしにとってかけがえのない人です。天秤になどかけられません……!」

 この大きな壁のような姫に、気持ちだけでも負けたくない。その一心で。

 馬上から嘲笑が返りました。

「つまらない女だこと」

 アルベルト、と姫は馬ごと臣下のほうへ体を向けました。

< 337 / 485 >

この作品をシェア

pagetop