託宣が下りました。
それは、どういう意味だ。
魔物に取り憑かれた人間は、時が経つにつれて意識を完全に魔物に乗っ取られる。本人の意識が正常に残ることなど稀だ。
そして魔物は、取り憑いた人間の意識をトレースして、それを装いながら……彼らの欲を成す。
ヴァイスに迫ったアルテナは明らかに彼女自身ではなかった。ということは、すでに意識は乗っ取られているはずだ。
『正常に』思考が残っている場合のことなど……考えていなかった。
「ありえぬことではないのだよ、ヴァイス」
アレクサンドルはゆったりと言い聞かせるように息子に告げる。
「特にアルテナさんは敬虔なる巫女だ。それに以前魔物学を学んでいて、魔物に対する対処法もかじっているのだろう? だとしたら、抵抗している可能性はある」
なぜそこまでこの父が知っているのか不明だが、すべて事実だった。
(――抵抗しているのか? アルテナ――)
ヴァイスの胸にかすかな希望がよみがえる。しかしそれは同時に、絶望でもあった。
(――自分が魔物になったことを自覚してしまったなら――彼女は――)
そうか。それで『もうひとつの可能性』が生まれるのだ。
「アルテナが自殺するというのかッ!」
ヴァイスは激昂した。父の胸ぐらを掴み、燃えるような夕焼けの瞳でにらみつける。
「冗談じゃない、彼女は死なせやしない、絶対にだ!」
「落ち着け、ヴァイス」
はっとして、慌てて周りを見やれば、ソラが今にも泣き出しそうに涙をためていた。モラも気まずそうに顔を背けているし、双子は……いつも通り妖しい笑みで、
「うふふ、ヴァイス兄ったらせっかちさん」
「うふふ、お父様の言うことをちゃんと最後まで聞いたらいいのに」
「親父殿……?」
父の胸ぐらを放すと、アレクサンドルは胸元を整えながらのんびりと言った。
「――魔物学を学んだなら、彼女は絶望が一番よくないことを知っているだろう。そう簡単に死ぬ道など選ばん。そうは思わんかね?」
「………」
そう言えば……
ヴァイスは一瞬だけ、あの巨大スライムを目の前にしたときのアルテナを見ている。
強い視線でスライムをにらみ返していた。諦めずに、生きようとしていた。
魔物が一番嫌うのが、生への執着だと知っている目だった。
(ヨーハンが教えたのか……)
それを思うと少し胃がむかむかしたが、ここは感謝しておくところだろう。
「とにかく、川の捜索から別の場所へ手を広げたほうがよい。ヴァイス」
アレクサンドルに言われ、「ああ」とヴァイスはうなずいた。
「兵士をこきつかってやる。こんなときぐらい役に立て、くそ王宮」