託宣が下りました。

 ヴァイスは、自分で言うのも何だが今の自分たちが星の神以上にあがめ(たてまつ)られている自信がある。彼らの姿を見たら幸運がある、などという流言も飛び、一目見ようと人々が押し合いへし合いやってくるのだ。

 ヴァイスに限っては他に王女のこともあったので、正直最近色んな意味で辟易(へきえき)しているのだが。

「勇者が嫌いなのか?」

 思いついて言ってみた。
 だが、女は首を横に振った。

「いいえ。素晴らしい方々だと思っております」
「じゃあどうして」
「………」

 修道女は視線を揺らす。言いたくないのか、いや、言葉が見つからないのか――

 ヴァイスは何となく、待つ気になった。
 この地味すぎる女が何を言うのかが気になった。


 スープはあっという間にヴァイスの腹の中におさまり、ほんの少しではあるが空腹もごまかせたようだ。

「もう少し……何かお持ちしますね。たしか氷菓子があったはず……」

 女が行こうとするのを、ヴァイスは引き留めた。

「それより、あんたと話がしたい」
「え?」

 そのときだった。
 立て付けの悪いドアの隙間から、廊下にいる子どもたちの声が聞こえてきた。

「だからさ、すっげー馬鹿力の女なんだって! あれ化けもんだよ絶対!」
「嘘だあ。そんな女いるなら見てみてえもん」
「近づいちゃ駄目だって! 捕まったら握りつぶされるぞ!」
「………」

 隠す様子もなく騒いでいるから丸聞こえだ。ヴァイスは深くため息をついた。

「あの、申し訳ございません。本当によく言って聞かせますから」

 修道女が頭を下げるのを、「いい」と手を払ってやめさせる。

「俺はよく子どもに恐がられるんだ。この間も」

 ――思い出したら、また胃にちくりと痛み。ああ、苦い何かがおりてきては、腹の底にたまっていく。

「この間も……?」
「この間も、子どもの目の前で魔物を斬った。そうしたら大泣きされた。恐い恐いと逃げられた」

 それは凱旋式でのできごと。

 魔王の残党が急襲して、ヴァイスはそれを一人ですべて斬り払った。アレスたちの手を借りるまでもない、自分がやれば十分だと思ったからそうしたのだ。

 パーティの場に、子どもが多く来ているのは知っていた。だからといって、手加減なんてできるわけがないだろう?

 むしろ子どもを含めて誰一人怪我をさせないためにやったのだ。後悔はしていない。
 していない、が……

「………」

 それ以上の言葉がつかえて出てこない。今でも耳の奥に、大泣きする子どもの声がこだまする。

 子どもは大好きだった。泣かせたくなんかなかった。
 自分が――子どもを泣かせるような存在なのだということを、あのとき自分は初めて知ったのだ。

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