託宣が下りました。
シェーラに縁談?――
「カイ、相手はどこだ?」
アレス様が真剣な声で問いました。
屋台のご主人が、油の温度をたしかめています。指に油がかかっても平気そう。
わたくしたちがずっと深刻な顔で話をしているのを、屋台のご主人はすべて知らぬ顔で聞き流してくれています。
ここはアレス様たちの行きつけで、信頼のおける屋台なのだそうです。出しているのはごくふつうの揚げ物ですが、アレス様たちにとって安心できる場所なのに違いありません。
……突然ご主人の様子が気になってしまったのは、事態を直視したくないという、わたくしの逃げなのでしょうか。
「ええと、コースドリア州のミハイル伯爵家だったと思います。あそこにはご子息が五人いて、そ、そのご長男と……」
わたくしの様子を気にしてか、カイ様は歯切れ悪く言いました。
「コースドリア……? 冗談だろう?」
アレス様が、はあとため息をつきました。「王都から離れすぎだ」
我がエバーストーン国は、東西に長い形をしております。
王都はその西寄りにあり、問題のミハイル伯爵家領コースドリアは東の端――
「ミハイル伯爵……」
わたくしの脳裏に、以前から聞いているその伯爵家の情報が洪水のように流れ込んできました。
コースドリア州はこの国で一番大きいのです。そして東の隣国との貿易でとても栄えています。はっきり言えば、国内でも一、二を争う裕福な領でしょう。
その、ご長男と……。
わたくしはうつむき、胸に手を当てました。
「……ミハイル伯爵家のご長男となら、シェーラも幸せになれるでしょうか?」
かつて貴族の子女に結婚の自由がないのがこの国でした。結婚こそが政治、女の子は結婚の道具、という因習があったのです。今でこそそんな風習は薄らぎましたが……それでもわたくしのように修道院に入ることを許してもらえることのほうが希有なのです。
これはブルックリン伯爵の価値観と、わたくしの価値観が違うだけなのでしょうか?
そもそもわたくしなどが、シェーラの人生に口出ししてもいいのか――
「アルテナ」
ふいにアレス様が厳しくわたくしを呼びました。
わたくしははっとアレス様を見ました。
いつも優しくわたくしに接していたアレス様が、険しい顔でこちらを見ていました。