託宣が下りました。
「巫女、良かった、間に合った」

 ここまで全速力で走ってきたのか、騎士は珍しく息が上がっているようでした。
 わたくしの前で止まり、膝に手を置いてぜえぜえ呼吸をします。

 触り心地のよさそうな彼の髪が乱れていました。わたくしはつい手を伸ばしかけ、慌てて引っ込めました。

 騎士はやがて顔だけわたくしに向け、軽くにらむような目をしました。

「何で俺に黙って行くんだ。それはずるいだろう?」
「騎士……」

 わたくしは何とも答えることができず口をつぐみました。

 家に帰ることを、彼には言わないようにしていました。このところわたくしが修道院の人に捕まっていることが多かったので、そもそも騎士と顔を合わせることも少なくなっていたのです。

 それに――たぶん、騎士は「休んだほうがいい」と言ったあの言葉を自分で覚えているのでしょう。彼と会うことが少なかったのは、すれ違ったからばかりでもないと思います。

「ヴァイス様、どうやって分かったんですか?」

 黙ってしまったわたくしの代わりに、シェーラが問いました。

「アレスとカイの挙動が怪しかったんでな。問い詰めて吐かせてやった」

 呼吸も整った騎士は胸を張り、「俺に巫女のことで隠しごとをするなど百万年早い!」と言いました。

 いったいどんな問い詰めかたをしたのでしょう。甚だしく心配です。ああアレス様カイ様ごめんなさい。

 それにしても――。

「………」

 わたくしは複雑な思いで騎士を見つめました。

 この人は、わたくしのことをいまだに『巫女』と呼びます。以前そのことを尋ねたら、彼はあっけらかんとして言いました。

『まだ名前を呼ぶことを許されている気はしないからな』

 この人はどうも、この人流の基準を作ってわたくしに接しているようです。初対面であれだけ強引なことをしでかしてくれたことについては、どう考えているのかさっぱり分かりませんが。

 ……どことなく、一定の距離を保たれているようにも、思えるような……

 わたくしは、このところずっと胸の片隅に居座っている言葉を、今日も思い返します。

『……“託宣を信じているのではない。あなたを信じている”……』

 以前なら、騎士の言葉などのきなみ頭から消去しようとしていました。

 それなのにどれもこれも衝撃が大きすぎて消えなくて、頭がおかしくなりそうだったあの日々。
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