ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 割ることもなく、ガラスのコップで水を飲むのは、かなり久しぶりだ。それどころか、王城に来てから一度たりとも転んでいない。

 ジークヴァルトに触れていないと、リーゼロッテには小鬼が見えなかったが、この部屋の中は安全だとジークヴァルトに説明を受けた。結界か何かがあるのだろうか?

 とにかく自分が迎えに来るまで、部屋から一歩も出ないようにと、ジークヴァルトにはきつく言い渡されていた。

「王子殿下がおっしゃるには、わたくしが粗相を働くのには理由があるのだそうよ。それを治すてだてをジークヴァルト様が知っていらっしゃるの」

 曖昧な言い方だったが、王城にとどまるべき理由があることは、エラにもきちんと伝わったようだ。

 リーゼロッテはそのあと、王城の客室で朝食をいただいた。貴族令嬢にふさわしい、ほんの一人前の量で、リーゼロッテは十分お腹がいっぱいになったのだ。

 王城に来てから、驚くことばかり起きている。

(……人生って何がおこるかわからないのね)

 鏡をのぞき込み、自分の顔をまじまじと見つめながら、リーゼロッテは心からそう思った。

 もちろん、鏡は割れなかった。

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