ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 そこには、狸のように大きな猫を膝に乗せ、満面の笑みで猫と戯れている、ハインリヒその人がいた。

「王子殿下……?」

 あぐらをかいたハインリヒの膝の上で、長毛の猫がだらしなくおなかを上に向けて寝そべっている。顔を上げた毛まみれのハインリヒが、笑顔のまま固まった。

 ぶな~と、およそ猫らしくない鳴き声が聞こえるまで、ふたりは長いこと、無言で見つめ合っていた。

 王子を見下ろしていることに気づいたアンネマリーは、我に返り、あわてて膝をついて頭を垂れた。

「申し訳ございません! ピッパ様をお探しておりましたところ路に迷ってしまって」

 言い訳にしかならないが、アンネマリーは必死に訴えた。いくら嫌っていても、一国の王子を目の前にして、不敬を働くわけにはいかなかった。

「ああ……あの子はまた抜け出したんだね……仕方のない子だ」

 やわらかい声が落ちる。

「いいよ。顔を上げて」

 自分に向けられたその声は思いのほかやさしく、自分の思っていた王子とは違ったことに、アンネマリーは驚きを隠せなかった。リーゼロッテが、王子殿下はよく笑う方だったと言っていたのを思い出す。

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