ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「君は確か、クラッセン侯爵令嬢だったね。義母上が無理を言ったようだ。すまない」

 ハインリヒは、彼女が茶会で自分に興味なさげにしていた令嬢の一人であることに気づいた。

 リーゼロッテを心配して王城にひとり残ったことも、王妃に妹姫の話し相手を命ぜられたことも、カイから報告を受けている。彼女なら、むげに追い払うようなことをしなくても大丈夫だろう。

「君はリーゼロッテ嬢の従姉(いとこ)だそうだね。……彼女は少し難しい案件で悩んでいる。心配かもしれないが、今しばらくこちらにまかせてくれないか?」
「え? あ、はい……もちろんです」

 突然のことで、言葉がうまく出てこない。アンネマリーは、自分がハインリヒの紫の瞳をじっと見つめたままでいることにも気がつかなかった。

「あと、この姿を見たことは、秘密にしてくれると助かるのだが」

 肩をすくめておどけたようにハインリヒは言った。毛まみれで猫にデレデレしていたハインリヒに、王太子の威厳は皆無であった。

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