ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「ふ、ふふ……わかりましたわ。わたくし、何も見ていませんわ。王太子殿下が、大きな猫と楽しそうに戯れていただなんて」

 アンネマリーは、こらえきれず笑ってしまった。なんとなく、その猫に触れてみたくなる。お腹がぽよぽよしていて触ると気持ちがよさそうだ。

「あの、その猫に触れても?」

 そう言うと、王子は笑顔から一転、渋面を作った。

「いや……殿下は少し気難しいんだ。慣れていない人間が触ろうとすると、引っかかれるかもしれない」
「殿下が……引っかく……?」

 そう聞き返されて、ハインリヒはしまったというような顔をした。

「あ、いや、殿下、というのは……この猫の名だ」
「猫の名、でございますか?」

 きょとんとして、アンネマリーが首をかしげる。ハインリヒは一瞬黙って、観念したように続けた。

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