ふたつ名の令嬢と龍の託宣
「ああ、子供の頃にこの猫がやってきたのだが……。いつも、周りのみなが自分のことを“殿下” “殿下”と呼ぶものだから、その、何というか、自分も誰かを“殿下”と呼んでみたかったのだ。だからこの猫の名を殿下にした」

 ちょっとやけくそのように言って、ハインリヒはそっぽを向いた。耳が赤くなっている。耐えきれなくなって、アンネマリーは庭にしゃがみこんだままお腹を抱えて笑ってしまった。

「王子殿下の殿下は、殿下以上に殿下らしいですわね」

 ふてぶてしい態度で仰向けたまま、猫の殿下は狸のような太いしっぽを、ゆらゆらと左右に揺らしている。

「殿下がいっぱいでややこしいな。ここに来た時は、わたしのことはハインリヒと。そう呼んでくれないか?」

 アメジストのような紫の瞳にまっすぐ見つめられ、アンネマリーの頬が朱に染まった。

「またここに来ることを……お許しいただけるのですか?」

 ハインリヒは、ゆっくりとうなずいた。

「ただし、約束してほしいことがニつだけある」

 殿下のお腹をなでながら、ハインリヒは一度視線を下に落とした。

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