ふたつ名の令嬢と龍の託宣 -龍の託宣1-
 エラを見送った後、ハインリヒはつぶやいた。異形に干渉されることのないのが無知なる者だ。だからこそ、リーゼロッテの侍女が務まっているのだろう。

「しかし、城に来て食事の量が減ったか……。やはり以前の生活では、力を使っていたのだろうな」

 力を制御できない者がやみくもに力を使い果たすと、空腹になって動けなくなる。これは力ある者のほとんどが、子供のころに経験することである。

 リーゼロッテの体の細さをみると、食べても栄養が行き届かないくらい力を酷使していたのかもしれない。食べる量が減ったというなら、王城に来てからは力を消費していないということだ。

「昨夜、ダーミッシュ嬢が眠ったときに力が発現したのを見た。一瞬だったが、眠った体から力が溢れ出すのを確認した」
「眠った姿……? どんな状況でそうなったかは知らないが、リーゼロッテ嬢の名誉もきちんと考えろよ。いくら婚約しているとはいえ、ここは噂が広がるのも早い」

 ハインリヒはため息混じりに言った。

「昨夜は不測の事態だ。問題ない」
「まあ、いい。しかし、眠ったときか。確かめようにも……難しいな」
「なぜだ? ダーミッシュ嬢を目の前で眠らせて確かめればいい」

 ジークヴァルトの言葉に、ハインリヒが顔をしかめた。令嬢相手に目の前で寝て見せろと言う馬鹿がどこにいるというのか。

 少なくとも女性の立ち合いが必要だろう。龍の託宣や異形の存在を知る女性は限られる。今すぐにと言うのは無理そうだった。

「なんだ? すっぱいものを口にしたような顔をしているぞ?」
「お前は一度、酢漬け(ピクルス)にでもしてもらえ」

 ハインリヒはそう言うと、ジークヴァルトを置いてリーゼロッテがいる隣の応接室にさっさと向かった。

< 222 / 678 >

この作品をシェア

pagetop