ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 この部屋にはカイとアンネマリーしかいない。アンネマリーは居心地の悪さを覚えた。カイは人当たりこそ柔らかいが、どこか他人を拒絶しているようにアンネマリーはいつも感じていた。

 それに彼に関するよくない噂も耳にする。それは主に女性関係であった。噂を鵜呑みにしてはならないと身をもって感じていたアンネマリーだったが、カイに関しては、十中八九それは正しいのではないかと思っていた。

(エラの部屋にいたほうがいいかしら?)

 しかし、アンネマリーとカイは同じ侯爵家とはいえ、カイのデルプフェルト家の方が王家に近く、家格としては上だった。むげに扱うこともできない。この部屋での待機も王子の命であると言われれば、勝手に出ていくわけにもいかなかった。

 そのときアンネマリーは、ふわっと何か暖かいものに包まれる感覚を覚え、思わず周囲を見回した。と、いきなり目の前のカイが、半ば崩れ落ちるように片膝をついた。

「カイ様?」

 アンネマリーが肩に手を添えてのぞき込むと、カイは何とも苦しそうな顔をしていた。その額に脂汗が滲んでいる。

「だ、いじょうぶ」と床を凝視したまま言葉を紡いだカイは、どう見ても大丈夫そうには見えない。

 何か汗を拭く物をと、アンネマリーが立ち上がろうとすると、カイがその細い手首を乱暴につかんだ。そのままカイに抱きすくめられ、アンネマリーは体を硬直させた。

 膝立ちのまま、ふたりの距離がゼロになる。

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