ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
 護衛をつけない状態でハインリヒは、行くあてもなく王城内を彷徨っていた。通常ではあり得なかったが、それだけ冷静さを欠いた状態だった。

 あわただしく行きかう城仕えの者たちの合間を縫って、ハインリヒは歩を進める。

 王太子がひとりでふらふら出歩いているなどと誰もが思わなかったせいか、すれ違ったほとんどの人間がハインリヒの存在に気づくことはなかった。

 ふと気づくと、王城の最奥、王族以外は立ち入ることが許されない、いつもの場所にたどり着いていた。風がそよと吹き、木々が揺れる音以外、あたりは静寂に包まれている。

 ――そこへ、行ってはいけない。

 そう思うのに、ハインリヒは歩みを止めることはできなかった。

 茂みの奥から、鈴を転がすような楽し気な声が聞こえた。ずっと会いたくて、だが、今、いちばん会ってはいけない彼女の声だ。

「や、ダメよ殿下。すり寄ってこないでちょうだい。あなたに触れるとハインリヒ様に怒られてしまうわ」

 愛おしい彼女の声がする。ずっと聞いていたい。ずっとそばにいたい。

「きゃっ、ダメだったら殿下! もう、胸に飛び込まないで」

 かさりと音を立ててハインリヒがその場にたどり着いたとき、猫の殿下をそのやわらかそうな胸に抱いている彼女がそこにいた。風に揺れる木漏れ日が、まぶしくアンネマリーを包んでいる。

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