ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 次にジークヴァルトは腕を伸ばして、リーゼロッテの片足から靴を脱がせた。薄い靴下は履いていたが、足先に風があたりすうっとした解放感を感じる。

「小さいな」

 リーゼロッテの靴を手にそうつぶやくと、ジークヴァルトは靴についた土を取り出した布切れでさっと掃った。そして、自分の手のひらをリーゼロッテの足に添えると、それをもう一度リーゼロッテの足に丁寧に履かせた。すかさずもう片方の靴も脱がせて、土を掃ってから同じように履かせていった。

(おかん……おかんなんだわ)

 ジークヴァルトの一連の動作をぽかんと見守っていたリーゼロッテは、突如そんなことを思った。

 ジークヴァルトはまったくもって自分のことを女として見ていないのだ。これはもう疑いようがない。

 突拍子もなく思えるジークヴァルトのこういった行動は、まぎれもなく子供に対するそれなのだ。子供の口にチョコがついていたら、それはぬぐってあげたくなるだろう。靴に泥がついていたら、きれいにするのも当然だ。

(――だって、おかんなのだもの)

 人の言うことを全く聞かない暴挙っぷりは、八郎の母ちゃんばりだ。よく言って、母性本能溢れる保父さんだろうか?

 こんな無表情で威圧しまくる保育士がいたら空恐ろしいような気もするが、リーゼロッテにしてみれば、小鬼に憑かれていたときに見えた黒いモヤを思えば可愛いものである。

 ジークヴァルトは、ただ過保護で世話好きなのだ。そう思えば腹も立たない。その結論に至ると、いちいち動揺するのが馬鹿らしくなって、リーゼロッテはその体からふっと力を抜いた。

< 420 / 678 >

この作品をシェア

pagetop