ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 不意にあの声が脳裏によみがえる。母の思い出と違って、その声は鮮明だ。

『お前を捨てていくオレを許してくれ』

 それは実父の声だ。少しきつめに見える整った顔をゆがめて、絞り出すようにわたしに告げる。

『オレはあいつしか選べない』

 そう言って父は、小さなわたしをきつくきつく、苦しいほどに抱きしめた。

 揺れる瞳の色も震える声音もその体の温もりも、この身に消えることなく残っている。

「イグナーツ父様……」

 あのとき自分は何と答えたのだろう。

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