ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、その手は土の上にのの字を書いている。どよんとした空気に包まれて、頭の上には、陰々滅々(いんいんめつめつ)と書いてありそうだ。

『ううう、おぢょうざまぁ』

 彼の話は支離滅裂だ。同じことを繰り返し話すし、つじつまが合わないことも多い。
 十回に一回くらいにかみ合った会話ができる程度で、会話が成り立っているかどうかも怪しかったが、リーゼロッテは根気よく時間をかけて彼の話に耳をかたむけていた。

 今までの話を要約すると、彼の仕える公爵令嬢は、意に染まない結婚を強いられ、思いを寄せる人と駆け落ちの約束をしたらしい。しかし妨害があって、待ち合わせの場所に行けなくなった公爵令嬢は、従者の彼に手紙を託したのだそうだ。

 そのあと彼は、取り返しのつかないことをしたと繰り返すばかりで、何を悔いているのかまではわからなかった。

 おそらくその手紙を届けることができなかったのだろうと思いつつ、リーゼロッテは詮索することもなく彼が話すにまかせていた。

 はじめの頃はただ泣いているばかりで、言葉すら聞き取れなかったのだ。リーゼロッテは悲嘆にくれる彼の心の波動を感じつつ、静かに相槌を打っていた。

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