ふたつ名の令嬢と龍の託宣
    ◇
「リーゼロッテ様、ジョンの様子はいかがでしたか?」

 執務室を訪ねると、扉を開けて出迎えてくれたのはジークヴァルトの侍従のマテアスだった。

 マテアスはジークヴァルトより五歳上の青年だ。
 目がどこにあるのかもわからないくらいの細い糸目に、丸眼鏡をかけている。こげ茶の髪は天然パーマで、つり目なのに下がった困り眉という、一見頼りなさげな風貌をしていた。

「ええ、ジョンは今日も泣き虫ジョンでしたわ」
「さようでございますか。手紙の行方がどうなったのか早く知りたいものです」

 軽口をききながらもマテアスの動作は、賓客をもてなすかのように隙がない。リーゼロッテは丁寧に長椅子へと誘われた。

 後に続いたエマニュエルは慣れた手つきで紅茶を淹れると、部屋を辞して下がっていった。

(あるじ)もすぐに参ります。もうしばらくお寛ぎになってお待ちいただけますか?」
「ええ、ありがとう、マテアス」

 マテアスはリーゼロッテをきちんと伯爵令嬢として扱ってくれる。当たり前のことなのだが、あのジークヴァルトの理解不能な行動を前にすると、とても丁重に扱われているように感じてしまうのはなぜだろう。

 このできた侍従がそばにいながら、ジークヴァルトはどうしてあんなに残念人間なのかと思わず首をかしげたくなる。

(マテアスの爪の垢を煎じて飲ませたいわ)

 リーゼロッテがそんなことを考えていると、着替えたらしいジークヴァルトが部屋に入ってきた。騎士服と違って領地での普段はかなりラフな格好をしている。

「領地の見回りはいかがでしたか?」

 リーゼロッテは長椅子から立ち上がり、ジークヴァルトに淑女の礼をとった。

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